第10話 壺は要りません
あーんをされた後に『わたしにはしてくれないんですか?』と訴えかける瞳に抗えず、自分のカルボナーラを巡井さんにあーんした。
『男はどんな時でも堂々とするべし』というネットの情報を信じ、俺は至って自然にあーんを遂行する事が出来たと思う。なので、手をプルプルなどはさせていない。
そして、普段よりも顔が熱いのは店内の人口密度のせいだろう。きっとそうだ。
「美味しかったですね」
「美味しかったね。ここはまた来てみたいな。他のパスタも気になるし」
「はい!また一緒に来ましょうね」
彼女は微笑んだ。
「次どこ回ろうか?結構広いし迷うよね」
「良ければ、お洋服を見に行きませんか?」
「分かった。行ってみようか」
「はい、気になってたお店があるんです!」
俺たちは洋服を見に売場へと向かった。
****
「これを着てみてください!」
「うん」
「これもいいですね!」
「そうだね」
「こっちも良い!はい、着てください」
「は、はい」
何故こんな事になったのだろうか。彼女の持ってくる服に着替え続けること10数回。俺は着せ替え人形になっていた。
流石に疲れてきたが、嬉しそうに服を持ってくる巡井さんを見ていると、まぁいっかと思い始めてきた。
「やっぱりこれが良いです!」
巡井さんは一組のコーデを指差した。
シンプルながら良いデザインだ。自分で言うのも何だが、似合っているな。
「巡井さんのおかげで良い買い物が出来そうだよ。これ買ってくるね」
「あっ私に買わさせてださい!」
「いやいやいや、自分の服だし俺が買うよ」
「さっきのお店で奢って貰いましたし、何かお返ししたいです...」
しゅんとした困り眉がこちらの顔を覗いていた。
俺は『デートで女性にお金を出させるな』という先人の知恵の元、先ほどの昼食代は全額自分で出した。その際も『私も出します』と言ってくれたが譲らなかった。今回は自分の買い物だし、奢って貰うわけにはいかない。
しかし、申し訳なさそうで懇願するような視線を向けられると何だかなぁ。
ネットの先人達!本当に教えは正しいのですか!?
「これは俺の買い物だし、俺に買わさせて」
「...分かりました。お会計が終わったらあのお店に行ってみましょう!」
巡井さんはこ洒落たアクセサリー屋を指差した。
「私に何かプレゼントさせてください!」
決意を固めた様な表情の彼女。何としても俺にお返しがしたいらしい。
「本当に気にしなくて大丈夫だよ」
「うーん......もしかして...壺が欲しいんですか?」
「つ、壺?」
「この前、壺の話をしていました」
「あー...」
彼女が夕食を作りに来てくれた際にそんな話をしたような気がする。良く覚えているな。完全に忘れていた。
「やっぱり!壺が欲しかったんですね!骨董品売場は2階の...」
どうやら俺が壺を欲しいという話で進んでいるらしい。まずい壺を買うどころか、壺を買わせてしまう。これじゃ俺が悪質商法をしているみたいじゃないか!
「いらないいらない!壺いらないから!」
「でも何かお返しを...やはり壺が...」
壺なんて高い物を買わせる訳にはいかない!どうすれば...壺から逃れられる...?考えるんだ俺!
「ア、アクセサリーが良い。アクセサリーがほ、欲しいなぁ!」
「本当ですか...?じゃあアクセサリーを見に行きましょう!」
何とか壺を買わせる事は防げたらしい。しかしアクセサリーをプレゼントさせる事になってしまったな。くっ!これが経験不足の差か!
俺は笑顔の彼女に手を引かれ、アクセサリーショップに向かうのだった。
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