第9話 思い出のパスタ



 週末がやって来た。

 今日は巡井さんとショッピングモールに出かける日だ。


 女の子と出かけた事なんてなかったので、ネットで『女の子と出かける時 注意点』『デート 楽しませる方法』『デート 会話術』と検索しまくった。先人の知恵を借りた俺の準備はバッチリだ。多分。


 待ち合わせは家という事になっているため、今は待機している状態だ。駅で待ち合わせでも良かったのだか...


 大来帰『時間は10時にしようか。待ち合わせはどこにする?駅が一番近いよね』


 巡井『私が大来帰君の家まで迎えに行きますね』


 大来帰『いいよいいよ。駅で待ち合わせした方が楽じゃない?』


 巡井『私が大来帰君の家まで迎えに行きますね』


 大来帰『巡井さんに悪いよ。俺が迎えに行こうか?』


 巡井『私が大来帰君の家まで迎えに行きますね』


 大来帰『分かった。それでお願いするよ』


 巡井『はい♪楽しみにしていますね!』


 という風に、『私が大来帰君の家まで迎えに行きますね』ボットと化した巡井さんに押しきられる形で決まった。


 ソワソワとした気分のまま時計を見る。まだ15分前だし、玄関で待ってなくても良いのだが...


 なんとも落ち着かない時間だ。そんな事を考えているとピンポーンとチャイムがなった。


 来た!俺は飼い主が家に帰ってきた犬の如く玄関の扉に飛び付いた。


「お待たせしました」


 控えめにはにかんだ巡井さんを見た。普段は制服姿しか見ていないので、私服の巡井さんは新鮮であった。いつもとは違うちょっと大人っぽい雰囲気にドギマギしてしまう。


「全然、今ちょうど支度が終わった所だよ。その...服似合ってるね。すごく良いと思う」


「本当ですか?ありがとうございます!」


 彼女は満面の笑みを浮かべ、ちょっと照れ臭そうに手を後ろで組んだ。


「それじゃ、行こうか」


「はい!」



 ****



 ショッピングモールに到着した。人が溢れ返っており酔いしそうだ。『セール!大安売り!』と書かれた旗が視界に入る。


「すっごい混んでるなぁ」


「週末ですし、仕方がないですね」


 ふらふらとモールを見て回る。色々な店があるんだな。出店数の多さに目が回りそうだ。


 そんな中いい匂いが漂ってきた。腕時計で時間を確認すると11時だった。ちょっと早いけど昼食を済ませても良いかも知れない。


「巡井さんはお腹空いてる?ちょっと早いけど昼食でも取らない?」


「良いですね!あそこのお店にしませんか?」


 視線をを指先の方向に向けると『Salto di tempo 』と書かれた看板が見えた。


「イタリアンのお店かな?」


「はい。行ってみませんか?」


「行ってみようか」


 店内はなかなか洒落た内装をしていた。パスタソースのいい匂いが食欲を刺激する。俺はカルボナーラ、巡井さんはボロネーゼを注文した。


「ちょっとお腹空いてきたよ。楽しみだな」


「ここのパスタ美味しいんですよ」


「そうなの?来たことのあるお店だったんだ」


「そうですね...過去に一度」



 料理上手の巡井さんが美味しいと言うなら間違いないな。


 そう思っているとパスタが運ばれてきた。


「いただきます」


 カルボナーラを口に運ぶ。滑らかな口当たりのソースにベーコンのスモーキーな香り。そこに感じるブラックペッパーが良いアクセントになっている。



「美味しいな!」


「良かったです」



 ここは当たりの店のようだ。巡井さんに感謝しなくては。


「ボロネーゼも美味しそうだね」


「良かったら食べてみます?」


 ボロネーゼをフォークに巻いたこちらに手をつき出す彼女。これってまさか...


「く、くれるの?」


「はい、どうぞ。あーん」


 ニコッとしてこちらにパスタを向けたままの姿勢で動かない彼女。


 こ、これを食べて良いのか?こんなシチュエーションが本当に存在するなんて...。


 据え膳食わぬは男の恥と言うし、行くしかないだろ!


 俺はパクッと彼女のフォークに食らいついた。


 煮込んだ香味野菜のコクと、ごろっとした具の肉感がパスタにとてもマッチしていて美味しい。何より、あーんされたと言う事実によってその美味しさは限界突破していた。


「美味しい...」


「ふふふ。良かったです。」


 彼女の顔を見てこう思った。この味を忘れる事はないだろうな。





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