第8話 俺の宝物
最高の料理で心も身体も満たされた。お代わりと言う度に嬉しそうな顔をする彼女を見て、ついつい食べすぎてしまった。久しぶりに夕食が楽しいと感じた。
「喜んで貰えて良かったです!」
「うん、本当に美味しかったよ」
「また作りに来ても良いですか?」
やや上目使いの彼女が、おねだりする子供の様な眼差しをこちらに向ける。
「いいの?大変じゃない?」
「全然大丈夫です!誰かに食べて貰えると嬉しいですし」
「本当に?じゃあ次も楽しみにしてるね」
「はい!」
彼女の嬉しそうな表情に感化され、こちらの頬もつり上がった。
「今週末って予定なかったですよね」
「もう買い出しも済んだし特にないかなぁ」
「良ければ一緒にお出かけしませんか?」
一緒にお出かけ...だと?なんて心踊るフレーズなんだ。
「行こう!」
「やった♪どこか行きたい場所とかあります?」
インドア派だし、特に行きたいところはないなぁ。そもそも高校生ってどこに遊びに行ってるんだ?わ、わからない...
「と、特にないかなぁ」
「駅の近くのショッピングモールとかどうですか?」
「最近できた所だよね。まだ行ったことないし、1度は行ってみたいと思ってたかも」
「本当ですか?じゃあ週末ショッピングモールに行きましょう!」
こうして週末、巡井さんとショッピングモールに行くことになった。ちょっとワクワクするな。
ふと、時計に目を向けると太い秒針が8の数字を指していた。
「時間大丈夫?もうすぐ8時だけど」
「そうですね。そろそろお暇します」
「暗くなって来るし家まで送るよ」
「いえいえ、大丈夫です。家もそんなに遠くないですし、一人で帰れますよ」
「本当に?近くまで送っていくよ」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。大来帰君は家に居てください」
「分かった。気をつけて帰ってね」
「はい、気をつけて帰りますね」
笑顔で手を振る彼女に手を振り返した。
「お邪魔しました」
俺は、彼女の姿が見えなくなるまで見送った後リビングのソファーに沈んだ。
巡井さんは良い人そうだ。話をしていてそう感じた。
何で俺みたいな奴の事が好きなのか?きっとモテるだろうに。
彼女の事をまだ全然知らないな。
****
「父さん、母さん、今日家に友達が来たんだ」
微笑む父と母に今日の出来事を語る。
「ハンバーグを作ってくれてさ。すげー美味しかったんだよ」
微笑む母を見た。
「手料理を口にしたのは、母さんの時以来だったから久しぶりだったんだよ」
それも事故より前の話だ。
「今度の週末遊びに行くことになってさ。楽しみなんだ。今ちょっと幸せでさ。でも......怖いんだ」
思い出すのは半年前。あの光景を忘れた事は一度もない。
「外に出るのも怖いけど慣れたんだ。でもさ、大切な人を失うことの方は慣れそうになくて」
きっと一生慣れなんてしないだろう。
「俺怖いんだよ、人と仲良くなるのが。もし大切な人が出来てさ。その人に何かあったら」
俺はもう耐えられないだろう。
「どうすればいいかな?」
消え入りそうな声は畳に吸い込まれていく。
写真は何も答えてはくれない。
「失うくらいなら最初から幸せなんていらなかっ......」
ふと、笑っている両親を見た。
俺は何を言おうとしたんだ?幸せ何ていらなかった?そんな事は絶対にない。
失ってしまったが確かにあったもの。
それは俺の宝物だった。
今でも思い出の中に残る記憶の一つ一つが大事な宝石だ。
テストの結果を褒めてくれた。
いたずらをした時に叱ってくれた。
友達と喧嘩した時に心配してくれた。
テレビを見て一緒に笑ってくれた。
大怪我をした時に泣いてくれた。
帰りが遅くても家族全員で食卓を囲んだ。
休みの日には一緒にゲームをした。
釣りにも出かけた。
家族皆で旅行に行った。
どんな時でも俺の側にいた。これからも側に居てくれると思っていた。
全部全部俺の宝物だ。
絶対に絶対に手放したくない唯一のものなんだ。
俺は両親の写真に手を伸ばす。
そして大切に慈しむように宝物を胸に抱き寄せる。
胸が張り裂けそうで、辛くて、痛かった。
でもそこには暖かさがあったんだ。
「父さん...母さん...!」
頬を伝う暖かな宝石が一粒。
「ごめん...ごめん...俺だけ...俺だけ生き残って...」
一粒出たら止められなくなった。
顔が熱くなり、鼻がつまる。
胸がいっぱいだった。
想いが洪水の様に溢れでてくる。
「俺もいきたかった...!俺も連れていって欲しかった!でも、父さんと母さんはそんな事望まないから...」
あぁ慣れたと思ってたんだけどな。
「こんな事考えてごめん...本当はありがとうって言いたいのに!何でありがとうを伝える前に...何で!何で!この気持ちをぶつけさせてよ!恩返しさせてよ!」
俺は本当に弱いままだ。
「ありがとう父さん。ありがとう母さん。俺幸せだったんだよ...」
俺の小さな宝箱では、収まりきらないくらいの宝物をいっぱいいっぱい与えてくれてたんだ。
こんなの返しきれないよ。俺には勿体なくて、でも誇らしくて。
何でいらないなんて言えたんだ。俺の自慢じゃないか。
「だから...だから...」
前を見ようとしてもぐちゃぐちゃの視界は何も写さない。
だが、どうすれば良いかなんて分かりきっていた事だ。
「俺...ちょっと頑張ってみるよ」
そう呟いた。
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