第5話 頭を冷やして



「ただいま」


 靴を脱いだ俺は洗面台に移動し、顔を洗う。


「今日はなかなかに濃い1日だった」


 ストーカー女こと巡井さんとの接触。

 そして突然の愛の告白。何だかんだあったけど、連絡先も交換して友達になった。


「俺、人生で初めて告白されたな」


 これまでの大来帰新おおらぎあらたの人生には、女の「お」の字すらなかった。

 男友達はいたが、女性との接点は少ない。

 当然、告白されたのは初めての経験であり、何ならちょっと嬉しかったりする。

 素直に喜びきれないのは、相手がストーカー紛いの事をしていたからであろうか。


「連絡先教えたのは不味かったかな...」


 冷たい水で顔を洗ったことで、美少女から告白されたことによる興奮の熱が洗い流される。


 冷静に考えてみれば、ストーカーをしていた相手に連絡先を教えるなど、変態の所業である。有頂天になっていたのだろう。


 この後、壺とか買わされたりしないよな?


 可愛い顔に騙されてしまったのではないかと不安になるが、教えてしまったものはしょうがない。タオルで顔を拭き気持ちを切り替える。


「美少女恐るべし...」


 ****


 リビングに移動した俺は、冷蔵庫からお茶を取り出し一息つく。


「それにしても何もないな。今日はカップラーメンで済ますか」


 ポットでお湯を沸かし、待ち時間の間に携帯電話を開く。


 連絡先を交換したし、何かメッセージを送った方が良いのか?家が何処なのか知らないが、まだ帰ってきてないかも知れないな。

 少し時間をおくか?何て送ればいいのか...


 そんな風に考えているうちに、ポッドから甲高い音が鳴り始めた。


「先に飯食うか」


 夕食を終え、風呂も済ました俺は携帯電話を開くと、ホーム画面にメッセージの通知が届いていた。俺はロックを解除し、アプリを起動させる。


 巡井『巡井です。連絡先を教えて頂いてありがとうございます♪』


 巡井さんからのメッセージが届いていた。

 自然と頬がつり上がる。


 大来帰『こちらこそありがとう。よろしく』


 俺は送信ボタンを押した。

 数秒後ピコンという通知オンが聞こえた。


 巡井『返信ありがとうございます!大来帰君って今週何処かに出かけたりする予定ってあります?』


 返信早っ!ちょうど携帯さわってたのかな?


 今週の予定かぁ。特にないな。

 そもそも俺インドア派で家からでないし。まぁ、冷蔵庫の中が寂しいから、買い出しは行かないといけないな。


 大来帰『特に予定はないけど、強いて言うなら買い出しくらいかな』


 巡井『あー。あの本屋さんの近くのスーパーですね!』


 大来帰『そうそう』


 ん?


 巡井『私もご一緒して良いですか?』


 大来帰『一緒に来るの?っていうか何で俺の行きつけのスーパー知ってるの?』


 メッセージが止まった。

 突然の沈黙。

 あんなに返信が早かったのに。

 そうかそうか、これが既読無視というやつですか。


「確信犯じゃん...」


 ****


 スマホをソファーに投げた俺は、リビングを後にして隣の一室に入る。


 その部屋には大きな仏壇がおいてあり、男女の姿が写真に納められていた。


 俺は仏壇の前で腰をおろす。


「父さん、母さん、今日俺告白されたんだ」


 写真の中の男女は語らない。ただ、じっと笑顔で微笑んでいる。


「信じられないかもしれないけどさ。すげぇ美人なんだよ。そいつが変なやつでさ」


 今日の出来事を語る。これは俺の日課だ。


 最初は写真を見るたびに涙が止まらなかったけど、もう慣れた。人ってすごいんだな。


「で、友達になったんだ」


 俺は一通りを話し終えた。


『さすが俺の息子だよくやった!』


『あらあら、今度家につれてきなさいね』


 父さんと母さんならなんて言ってくれたかな。こんな事考えてもしょうがないけどな。


見慣れた写真の父母はいつもより嬉しそうな...そんな気がした。


 リビングに戻った俺は、携帯電話に目を通すが、新着のメッセージはきていない。


「寝るか」


 今日はすごい1日だったな。ぐっすり眠れそうだ。電気を消し、目を瞑ると、心地よい睡魔がやってきた。


 俺は睡魔に身を任せ、意識を手放した。













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