第13話 神の居ぬ間に……

「はい。改めて、主人公ヒロイン爆誕、おめでたーっ!」


「はいはい、おめでたー……」

「??? お、おめでたー?」


 おねーさん、少年、シーナの三人が、口々に祝いの言葉を口にする。


「その言い方ヤメロっ!」

 姫は、律儀にもいちいち反応をかえす。……可愛い。


 訂正、――とても可愛い。



 【迷いの森】に最も近い村【タキオ】の宿場。


 村というよりは、【迷いの森】の警戒、監視の場の意味合い強く、兵士や傭兵、冒険者が集い、それによって商いや宿、酒場が活発な地域である。


 洒落っ気は薄いが実用十分な施設と、いつでも撤収可能な掘っ立て小屋とが混ざり合っている。


 だからこそか、酒場は盛況で、昼前でも結構な人が酒と賑わいに酔っている。



「いやー、ヒロイン不在の穴は、おねーさんが文字通り身体を張ってなんとかしたけど――」


「え?」

「は?」

 と少年とシーナ。


「……ですね」 

「あー……」


 思い出される奇行に、いまさら意図があったことを知らされるの図。

 そして、世界一要らない情報が深く刻まれた。



「ここに、姫という真のヒロインをお迎えできたので、祝杯を上げましょう」


「ぐぬ……、オレは男だぞっ!」

 と、姫は抗する。


 言ってはみたものの、性別がどうあれ、おもちゃにされてイジられる未来は変わりそうもない。

 例え男のままだったとしても、大して扱いは変わらなかっただろう。


 

「で、なんで隣に座る、姫よ」

 と、少年。


 酒盛りするからと八人掛けの広めの席だというのに、なぜか少年のすぐ隣に姫がちょこんと居座っている。


「いや、あのおばさん怖い、し?」


 なんか配置的にそうなった。いや、だって男同士だし、不自然ではないし――とかなんとか言っているが、まあ、一人になって不安なのだろうと察する。



 行きはそこそこ大所帯だったが、半ば現地解散で、姫のパーティの主だった人員は各々ダークエルフを幾人か連れて、既に各地に散っている。



 リリアンナ嬢は、古巣のギルドに戻って、受付嬢を再開する予定になっていた。


 メイドさんは、それらの人員調整が完了した後、移動手段確保のため、単独行動中である。


 というわけで、おねーさん、少年、シーナ、姫、の四人だけで、のんびりと帰路の途中である。



「まあ、碌なことしないからな。わかる」

 少年は、コーヒーにミルクを大量に注ぎながら姫の言に同意する。


 対面には、おねーさんとお酌をしたりされたりで、忙しそうなシーナ。


「姫は飲まないのか?」


 この世界の飲酒の年齢制限が幾つかは知らないが、飲んではいけないということはないだろう。

 少年が飲まないのは、ただの信念からくるこだわりなだけだ。


「……いや、なんか今後の展望とか話し合うとか言ってなかった?」


「うん? まあ、そうだが、別に飲んでも構わない。どうせ、大したこと話さんだろ」


「おぉっ! この世界の命運が大したことないって、 少年は器がでかいわねぇ」

 酔ってもいないうちから、おねーさんは、意味もなく絡んでくる。


「うっぜ」


 めんどくさい女は、置いて置くとしても、この先の話などと言っても、メイドさんがお出かけ中な以上、認識を共有して、次に備える程度の事しかできない。


「ぶっちゃけ、俺もおねーさんも、頭のネジが悪い意味でぶっ飛んでるからな。そういう意味では、シーナと姫が頼りだな」


 そもそもこの四人が、この世界の何かを話し合うには、絶対的に当事者意識が欠けている。

 最もこの世界に近いシーナが、基本、数百年単位で寝てるだけの人という。


「……(言っといてなんだが、不安要素しかないメンツだな)」


 まともな感性の奴が一人もいやしねぇ。



「ふーん…… そこまで言うなら、ひとつ聞いていいか?」

 意外(失礼)にも、姫が真っ先に口を開いた。


 頼られて気を良くしたというより、それなりに思うところがあった事を聞く絶好の機会と捉えたようだ。


「そもそもの話、あのメイドさんは、信用していいのか?」



 姫は、女神とも相対したことがある。


 今となっては、あの時のことが上手く思い出せないのだが、なんというか、神々しいと形容していいのか迷うが、途轍もない底の深さを感じたことだけは、今もまだハッキリと憶えていた。


 それと比べるとメイドさんのそれは、およそ説得力というものを感じる佇まいではなかった。


 良くも悪くも、普通というか、それを演じている風を隠しもしない。


 むしろ、よく今まであの違和感に気づけなかったと驚くほどだ。


 それが、メイドTASさんのなせる業だと言われても、正直ピンとこない。


 

 …………………………


 と、至極もっともな質問に、うんうんと頷くのは、シーナだけだった。


 少年は、無言で姫の頭を撫で、おねーさんは、キラキラとした双眸そうぼうで前のめりに姫を見つめた。


「これよ! 見た、少年っ! このピュアな反応こそ、おねーさんが求めてたものなのよ!!!」


 おねーさんはいちいち鬱陶しいが、少年としても、姫の深く考える前に聞いちゃうところとか、裏表のないところは、大変好ましい。


 姫は、ができるいい子。


「まあ、疑ったところで、現状何ができるでもないしな。そもそも、アレが居ないと成り立たないくらい劣勢なのが、今の俺たちの実情だ」


 少年としても、思うところはあるのだが、まだ誰かに言葉にして形にできるほどのナニかはない。


 ただ、それでも言えることはある。


「アレは、敵にすべき性質のものじゃない。だから、特に気にしなくていい」


「……でも」


「少年は固いわねぇ。そういう言い方したら余計気になっちゃうでしょ」


「…………」


 なんか嫌な予感はしたが、止めるより早くおねーさんは口を開く。


「あの子はね。ゲームで言うところのピー〇姫だから。疑っちゃダメやつだから」

 

 学習して短剣と黄金の鎧を用意とかしないし、Drが土下座したら、もうそこで終わり。


「あー……、うん。そっかぁ」


 理解は早かった。


 緊張感が薄れるから、敢えて濁したところをズバリと言いやがった。


「というか、さも当然のように黒幕説唱えるのやめろ!」

 

「ほら! 少年のこのお手本のようなリアクション!」

「おー!」


「やかましいわっ!」



 ともあれ、メイドさんは攻略の要であり、それ故のウィークポイントでもある。


「アレは強力なカードだが、使いどころを弁えないと、すぐ詰むんだよ」

 

 まあ、詰むのはこの世界であって、少年たちではないのだが。


「俺やおねーさんがやろうとしてることを実現するには、圧倒的にリソースが不足してる。どこでどう使うか。どれくらい温存できるかっていうのが、この攻略の基本方針だ」


 つまり、不要な場面で使わされたり、想定したほどの成果が得られなかったりで、無駄に消費するほどジリ貧になる。


「例えばメイドさんを攻略本として使うにしても、こちらの理解力が追い付かなければ無駄は避けられない。……基礎知識まで懇切丁寧に教わってたら非効率だろ?」


「うん」


「だから、学習の為の時間を得るために――」


 ・事態打開の一手として、彼女を直接駒として使う。


 ・代替可能な駒なり策なりを用意する為にメイドさんの指示を仰ぐ。


 ・すべて自力で解決し、かわりに他の案件を丸投げする。


「――と、これだけでも、三通りの使い道があるわけだ」


 ちなみに、メイドさんが移動手段確保の為に単独で動いているので、今の状態は三番目の選択肢を選んだことになる。


「今回の場合、メイドさん単騎のが圧倒的に早いから、選択の余地はなかっただけだけどな」


 転移系の移動は、荷物人員が少ない方が、その機会は多く得られる。

 

 に関しては【迷いの森】の仕様を利用すれば容易いが、帰途はあらず。


 今回はそのあたりをどう調整しても、遅延要素が許容できないということで、こうなった。

 


「真面目な話、虎の尾を踏むなら踏むで、それなりに用意が必要だ。警戒なんてものは、出来る範囲でやらなきゃ意味はない」

 

「むぅ……」

 姫は愛らしく唸る。


 少年に全否定されたのが不服なのか、理解は示したものの、納得というには、まだ少し足りない様子だった。



「じゃ、ここでおねーさんから皆にクイズを出しましょう」

 唐突に、おねーさんが話題を変える。


 いや、実際には変わってはいない。


「おねーさん自身も答えを知らない。まあ、心理テストみたいなものかしら?」


 おねーさんは、悪戯っぽく目を細め、


「パンドラの箱って知ってる」


 と、そう問うた。


「あー…… あんまり詳しくない、かも」

 と、姫。

「同じく」

 少年も静かに頷く。


「実はおねーさんも詳しくない」

「おい!」


「まあ、心理テストだから、その辺はどーでもいいのよ」



 パンドラの箱


 神話にてゼウスがパンドラに持たせたというはこ


 そこには様々な災いが封じてあり、パンドラが好奇心からそれを開けてしまった故に、世界は【災厄】に見舞われ、すぐさま閉じたことによって【希望】が残ったとされる。


「――という前提だけ知ってれば十分よ」

 

「それなら大丈夫」

 姫が頷く。


「じゃあ問題」


 —―パンドラの箱には、何が入っている(いた)でしょうか?



も一緒に考えてみてね☆」

「なんだそのノリ……」


「あ、心理テストだけど、直感で答えるのはなし。じっくりと考えて、理にかなった答えを期待してるわ」



「え、え? ええっと――」


 姫は、矢継ぎ早に釘を刺され、困惑する。


 問題の意味が分からない。 


 いや、この場合は意図か。とにかく、何を問われているかが、瞬時に理解できなかった。


 普通に考えれば、答えは二択。


 【災厄】か【希望】


 そのどちらかを選ばせるといった趣旨にしか聞こえない。

 

 心理テストというからには、それでいいような気もするが、考えて答えろと言うからには、そういうことではないらしい、くらいは分かる。


 つまり、どちらかを選ばせて何故そう思うのかを答えさせる性質のもの?



「はい。じゃ、シーナちゃん。地球っ子じゃないファンタジーな答えを、どうぞ」


 いきなり振られたシーナ、こっくりと首を傾けて、


くだんの箱の性能が分からないとなんとも。ただ、災厄と希望を入れた箱ということだけは判明してます。お尋ねになった箱の時間軸エピソード次第で状態答えが変わるのではないでしょうか?」


 ファンタジーとは。


 現実的かつ、なんか模範解答みたいの出てきた。


「なるほど!」

 と、おねーさん


「……(え? どゆこと? そゆこと?)」


 なんか知的に返す系の遊びなの? なんも思い浮かばないんですけど? てか、なるほどってなんだよ! と、姫は頭の中を意味もなくと回転させる。


「では、本命の姫。答えをどうぞ!」


 ………………


「き、希望……かな?」


「ほう、その心は」


「希望が残っているってことだから……、それは、価値のあるモノなのではないかと愚考するに至りま……して……?」


 しどろもどろに言ってはみたものの、誰に言われるまでもなく、不正解だろう。自分自身、何の手ごたえも感じていない。


「若者のフレッシュなご意見で、おねーさん、感動!」


「えぇ……」


 想像の斜め上を行くリアクションに、困惑しかない。


 結局、何を試されてるのかさっぱりわからない。



「じゃ、少年。正解発表して」


 なぜ、正解を知ってる前提なのか。そして、どうやら正解を知っているらしい少年は、若干苦々しい表情で一言、


「――希望」


 と、答えた。


「おおー! お揃い♪ やっぱり二人はお似合いねぇ♡」

「絶対言うと思ったわ!」


 やはり、答えは沈黙だったかと少年は思ってそうだが、無論、おねーさんの答えも【希望】である。


 やったね☆ 大正解!



「はい少年、解説よろ~」


「あー…… まあ、そもそもあの箱には最初はなっから希望しか入ってなかったんじゃねーの? ていうだけの話だろう」


 少年はこともなげに言う。


 箱には希望が入っていた。そして今も変わらず希望が入っている。矛盾のない、シンプルな答え。



 希望の意味するところは説明不要だろう。


 じゃあ、どんな状態の時、希望なんて言葉が生まれ、求められるのか。


「希望を理解知るということは、今そこにある絶望を自覚するってことだ。

 だから、パンドラは箱を閉じた。

 絶望を知らなければ、希望もまた必要とされないと考えたか、過ぎた希望は絶望の色を濃くするだけと判断したか、あるいは、ただそうせざるを得なかっただけかもな」


 と、解釈することもできる。というだけの話である。


 とんちかな?



「では続けて、問題。今の正解を前提として、姫は件の箱を開けるかしら?」


「あ……」

 さすがに姫も、ようやくと趣旨に気づいた。


 これは、メイドさんのこと。自分の最初の質問の答えだと。


 彼女は、パンドラの箱と同義の存在。アレは何かを隠している。

 

 きっとその内容は、紛うことなく希望であり、知れば容易く絶望をもたらすモノ。

 

 メイドさんの甘言にそそのかされて開けてはならぬ、禁断の匣。


「まあ、おねーさんたちは、開ける気満々なんだけどね?」

って言うな。誤解されるわ」


「ええっ!? 目の前の宝箱あったら、罠があろうがすべからく(誤用含む)開ける。ダンジョンの道は、むしろ間違えるものでしょ!?」


「今後もそんな奴らこじらせゲーマーしか出てこないと思うと、絶望しかないんだがっ!」


 …… ………… ………………


 うん。

 

 この人たちこそがヤベー奴らで、メイドさんは、まだ良心的なことだけは、しっかりと伝わった。

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