第12話 イマドキのヒロインに求められるモノ
※文字数的に少し長くなりますが、分割投稿は読者離れを引き起こすリスクが大きいと判断した為、二つの場面を一括表示しています。前半の内容は薄いので、適当に読み流していただけると幸いです。
◇
ダークエルフの首長を篭絡する。
少年は嘘は言っていない。この局面を凌げれば、当面、こちらからのアプローチは難しいだろうと踏んでいた。
場合によっては年単位で手出しできない可能性もある。少年も、その程度の遅延工作支援はするつもりでいた。
できる限りのことはしたかったが、やはりというか、あの男には、優しさこそ人並みにあったものの、一般的な倫理観と警戒感に欠けていた。
それ故に、こんな雑なハニートラップにも、当然のように引っかかった。
「ねえねえ、少年。あの子、勝てるかしら?」
「……勝てない。自力でリリアンナと接触する気概がなかった時点で負けが確定してる」
ハニトラに引っかかったこともさることながら、能力に頼り切った戦術しか選べなかったこと、自身の行動が読まれ過ぎていることを疑わなかった時点で勝ちはない。
「そっちじゃないわよ。夜の頂上決戦の話」
「そっちは勝ってもらっちゃ困る」
おねーさんと少年は、
かくして条件は整った。
彼が、その異能を自身のエゴで使うと決めた時点で、こちらも同様の手段を用いてカウンターを仕掛ける。
ほぼ当初の目論見通りの展開である。
目には目を、歯には歯を。魅了の異能には淫魔の魅了術でねじ伏せる。
「くっそ下衆い」
「あら、それは、あの二人に失礼よ、少年」
「いや、おねーさんが」
「それは知ってる」
彼を攻略するにあたって、最初から交渉や武力でどうこうすることは、考えていなかった。
すべては、この時のためのお膳立てに過ぎない。
そもそもスペック上の単純な戦力でいえば、彼らは、おねーさんたちを上回っている。だからこそ、
ここに、おねーさんの意向が反映されると……?
「ち、ちょっと待って、――ちゃん!」
「待ちません。淫魔と結ばれるというのは、こういうことですよ、アオイ様」
アオイは、淫魔に組み敷かれ、必死にもがいていた。
「――って、淫魔っ!?」
「私、人間の女の子だ。なんて言いましたか?」
「ああっ、言ってないっ!」
「ですよね?」
「あいつ、バカなんだな」
「あら、そこがいいんじゃない」
「うーん……」
同意しかねるが、まあ、底抜けのバカの方が、今後の展開のダメージは小さいかと少年は納得することにした。
「少年さんも言ってましたよね? ハニートラップに警戒しろって」
「少年……さん?」
彼には馴染みのない固有名詞に、戸惑う。
「ほら、この子のことですよ☆」
淫魔は、愛らしい少女の姿から、見覚えのある少年の姿へと変貌する。
「ふぇっ!?」
驚きの声は長くは続かなかった。
無防備に悲鳴を上げようとした口は、
……………………
……………………
「…………」
少年の予想していた通りのえっぐい展開に、それでも眉一つ動かさない。
視線の先には、すっかり全裸の
「じゃっじゃーん!
………………
「…………うん。まあ、……しってた」
……………………
……………………
………………………
「えぇ、空気が重いわっ!」
「なんでだろうな?」
相手は、チートの魅了使いだ。いくら
だから、性能の脆弱性を突くことも作戦の内ではある。
彼の最も守りの薄い場所を、最も効果的な手段で打ち貫く。
目には目を、化け物には化け物を、マジカルち〇ぽにはマジカルち〇ぽをぶつけるんだよっ!
「ほら、コンセプトに一切ブレがない」
「おっそうだな」
ではなぜ少年なのか。
器具や触手でも、相手をわからせるだけなら事足りただろう。
だが、これからの彼の人生を考えた場合、ただトラウマを植え付けるだけの行為は、良くないだろうと。
「そう、おねーさんは考えたわけよ」
「おっそうだな」
目の前で、
「…… …… …… ……っ!」
淫魔は、少し長めに耳打ちすると、一気に荒々しい動きに変じる。
「――(自主規制)~~~♡♡♡」
決着はわりとあっさりだった。
言うまでもなく、淫魔の完勝であった。
「あー……、ひっでぇ茶番だった」
ケジメとして一部始終を見届けた少年は、それだけ言うと目を閉じる。
おねーさんの所業にはドン引きだったが、それを除けば、さほどダメージはない。自身の容姿にそこまで愛着はないし、裸なんぞ風呂場でしか見ないから、目の前の光景に言うほど現実感は伴わなかった。
録音した自分の声を聴いてもピンとこないような、あんな感じだろうか。
「……ふぅ、お粗末様でした♡」
変身を解き、アオイを解放した淫魔は、虚空に向かって、覗き見ているであろう人々に対して、優雅にお辞儀して見せた。
これで、ようやくと山場の半分が過ぎたことになる。
◇
時間は無常も流れていき、昼も回った頃。
リリアンナも今頃は、精霊との契約を終えていることだろう。
アオイがそこに参加できないことは、誰もが承知しているので、彼の不在は今も悟られてはいない。
傍らには、少年。
男である彼もまた、勝手に歩き回るわけにもいかず、ただ眠るアオイをぼんやりと見守っていた。
アオイの他の仲間たちも、物見遊山に儀式場に集まってることだろう。
幾人かは挨拶がてらアオイを探すものもいるかも知れないが、絶対に見つかることはないので問題はない。
淫魔は、仕事を終えると、ひとりでさっさと帰ってしまった。
実際、設定が嘘の塊である彼女が長居しているのは、今となっては、リスクと言うほどでもないが、それで一悶着あっても蛇足というものだろう。
というわけで、何もすることのない少年だけがアオイの元に残された。
「配置に悪意があるんだよなぁ」
一見するともっともらしいのだが、そもそもこの計画に少年が絶対必要な部分が見当たらない。
チュートリアルだから? 男子禁制の場所に
それだけのことで、プレイヤーの貴重な時間を浪費するのは、間尺に合わない。
つまり、
「結局、掌の上だったな」
分かってはいたことだが、こちらがささやかな抵抗を示すことも織り込み済みだった。
結果として短い時間で親睦を深められたし、ハニトラは盤石になった。
おそらく目覚めた
「……(それはつまり、こいつを溺愛しているお姉さま方に、クソほど恨まれるってことだ)」
わざわざこのタイミングで二人きりにしたということは、誰かの邪魔が入る前には、
そして、その目覚めが運任せの自然に訪れるような生易しい展開になど、なるはずもない。
なぜなら、あの女が一枚も二枚も噛んでいるから。ほんと、ほっとくと碌なことをしない。
「……(お前だけは俺を恨んでくれるなよ)」
少年は、そんな物思いも見透かされているようで、自嘲気味に笑うと、そっと眠り続ける
「ん、んぅ……」
案の定、眠り姫は王子様の口づけで、あっさりと意識を取り戻した。
「……よう」
「…… ………… ………………っ!!!」
遠慮のない近さに、少年の顔があり、アオイは思わず全力で仰け反けぞろうとしてベッドの上で身悶える。
「落ち着け、本物だ」
それは、昨夜のアレやコレやを知っていることを自白したようなものだが、アホの子と腹芸するつもりは毛頭ないので気にしない。
「あ、あぅ……、うん」
落ち着いた、とは程遠いものの、紅潮した頬はそのままに、ゆっくりと身体を起こす。
身体に掛けられていたらしい寝具が、正しく重力に引かれてずり落ちる。
どうやら、引っかってその場に留まるには、若干凹凸が足りなかったらしい。
「…………ん?」
思わず寝具を追いかけた視線の先、昨夜の姿のまま寝てしまったらしいことは、アオイの鈍い頭でも理解できた。
見覚えのある白い肌。紅顔の美少年に生まれ変わってから、ずっと見てきたきめ細やかな肌だ。
そして、アングルこそ新鮮だったが、この世界に来てわりと見慣れた膨らみが視界を支配した。
「……おっぱい???」
「お、さすがハーレム系主人公様。その辺は目ざといな」
説明が省けて助かる。
少年は、事前に用意していた姿見を親指で指し示した。
「……? …………っ!?」
言われて、鏡に映った自分を見た。何なら二度見した。
そこには、かつての面影こそあるものの、一目見てそれとわかる絶世の美少女が、真っ白な寝台の上で無防備に肌を晒していた。
もともと筋肉質ではなかった身体は、より女性らしく丸みを帯び、侍っぽい感じを目指して伸ばしていた髪は、今は少女の美しさを飾り立てるのに一役買っていた。
「……え? は?」
異能の脆弱性を突く。当然、能力の封印も例外ではなかった。
そもそも都合よく、魅了だけ封印してステ強化を残すなんてことを、チートや改ざんもせずにやるのは至難の業だ。
が、この魅了という異能、レベルが低いうちは、好きになった異性にしか発動しないという制約があった。
「――要するに、おまえを女にしてしまえば、問題の大半が消えてなくなるってわけだな」
「は、……はは」
鏡に映る、自分でも見惚れるほどの美少女は、感情のさざ波に翻弄されるまま表情を歪めたが、それすらも可憐で美しかった。
問題なのは、ぽこぽこと現地民を虜にしてしまう部分だけで、それ以外は他のチーターと比較しても、さしたる脅威ではない。
逆に言えば、無限に現地民を深く巻き込む【
そしてそれは、決して
方法は二つあった。
・初手の男との交わりで、徹底的に
・能力の適用範囲外にいる少年に好意を集中させて、他者を排斥する。
どちらも一長一短あるが、より言い訳できない方を、責任の所在がハッキリしている方法を選んだ。
ゲストキャラに命運と責任を押し付けるなんてことは、おねーさんも少年するわけがない。
結局、この流れは、少年の望んだものでもあったということになる。
三カ月のサバイバルの果てに、ハーレムどもと半ば敵対し、おねーさんのお守りをしつつ、神々の思惑に踊らされながら、今後TSヒロインと付かず離れずのホストじみた活動を強いられると……
「……(不本意にもほどがあるっっっ!!!)」
言語化すると、中々にヘヴィな内容だった。しかも
とはいえ、黙認したのは自分だ。文句は言うまい。
「あ、そうだ。これから俺のことは、少年と呼んでくれ」
考えると気が重いので、今必要なことに、仕切りなおす。
「……え、な、なんで?」
想像していたよりずっと重めの声音が返ってきた。あからさまに動揺している。
漠然とした喪失感に、誰でもいいから縋り付きたいとか、そんなところだろうか?
敗北を受け入れてるのは結構なことだが、
「いや、単にそう呼ばれることに慣れてるだけだ。あだ名みたいなもんだよ。ちなみにお前は、姫って呼ばれてたから。十中八九【姫】って呼ばれるだろうな」
「えぇ……」
別に拘りがあるわけでもないが、日本名では目立ちすぎるし、これからも偽名で立ち回るようなことも少なからずあるだろう。
「他にも連絡事項はあるけど、とりあえず身体に違和感とかないか?」
「違和感……」
と問われて、思わずお尻に手が伸びそうになって、ピタっと身体が硬直する。
というか、ずっと裸のまま、会話していたことに、今更ながら狼狽する。
「あ、いや、違う。ち、ちょっと寒いだけだからっ!」
寝具をかき集める様にして、乱雑に身体に纏うと、小動物が威嚇するように丸く縮こまって、精一杯少年を睨め付ける。
「ん……、まあそういうことに気が回るなら平気か」
と、素知らぬふりで、少女然とした反応を示す姫の言い訳を聞き流す。
「まあ、夢の中の事だし、ケガなんかしようもないもんな」
少年はしれっと聞こえよがしに言うと、そのことには深く言及せずに、用意されてた簡素なワンピースを差し出す。
「…………へ?」
……夢? なにが?
と、姫は思ったが、淫魔との出来事だと気づくのに、さほど時間は掛からなかった。
サキュバス
淫魔、または夢魔とも呼ばれ、性魔法を行使する。【色欲】と呼ばれる上級妖魔の眷属であり、性交をもって術を成すことで知られ、その方法は様々。その身を自在に変容させることもあれば、幻覚をもって
と、娼館の女主人が言っていた。
まあ、気休めにもならないだろうが、少年なりのささやかな抵抗だ。
「………………」
あまり露骨に強調もできず、着替えがとっくに終わったであろうタイミングで少年はちらりと様子を窺うに留める。
と、
「………………」
ただ袖を通すだけの服だったが、いま彼女が欲していた機能は十分にあり、素肌と共に羞恥を覆い隠してくれていた。
ただ、人心地つくと、色々と腹が立ってきた。
終始騙されていたこと、女の子にされたこと、これからの事、あんなことがあったことも夢だから許せとでも?
どれも理不尽で、でも抗う術がなくて、存在自体が悪だと言われたら、何も言い返せない。
自覚はある。異世界だから、ファンタジーだからと、のぼせ上って、人の道から外れかけていた。
それでも、と。
悔しさなのかなんなのか、心の底から湧く思いが抑えられない。
「名前……」
「うん?」
彼女は、湧き上がる負の感情を抑えきれぬまま、不機嫌に言い放つ。
「まだ、
これからも騙し続けるなんて、許さない! その瞳は、そう言っていた。
「あー……、――そうだな。失念してた」
後腐れなく別れるために、おねーさんにも教えてなかったし、要らない要素だと本気で思っていた。
確かに言われてみれば、失礼な話だ。
とはいえ、大っぴらに教えたい情報でもなかった。
下手に教えると、おねーさんにも知られかねない。
「わかった。一度しか言わないから、ちゃんと聞けよ?」
なので、少年は、細心の注意を払って、その名を告げることにした。
姫を抱くような距離まで近づき、耳元で囁く。
「
それだけ言って離れると、姫の顔は見るからに赤く染まっていた。
「な、なん――近っ……」
姫は動揺を抑えきれず、口をパクパクさせている。
これは仕方ない。あのおねーさんが、こんなイベントを、見逃すハズがないのだ。
十中八九、覗かれている。となれば、音を抑え、唇を読まれないようにするしか方法がない。
となれば、開き直って、このTSヒロインの可愛らしさをおねーさん見せつけてやった方が、得だと判断した。
これで納得するだろう。これすらも織り込み済みな気がして不快ではあったが。
「どうだ? 名前、飛んでったか?」
少年は言って、挑発的に笑う。
「っ! ~~~! このバカ! すけべ! 絶対忘れてやらないからなっ!」
と、姫。
結構なことを口走っているのだが、それどころではないらしい。
「ああ。ずっと心にしまっておけ。これはアオイしか知らないし、今後誰かに名乗る気もないから。……誰にも言うなよ?」
………………
「~~~! だぁかーらぁ! そういうとこっ!!!」
ぐぬぬと、唸ってそうな表情で負けを認める。
きっと、もう、忘れられない
なにもかもが嘘だった出来事で、
そして、それはおそらく正しい。
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