第11話 主人公の選択
「しっかりしてください!」
纏まらない考えのまま呆然としていたアオイの頬を叩いたのは、今日出会ったばかりの浅黒い肌の少女だった。
「えっと君は――」
実在しない少女の名を口にし、頬が熱いことに気づく。ずいぶんと強く叩かれたらしい。
「すみません。アオイ様が連れていかれたのを見かけたので――」
つい追いかけてしまったと、彼女はつぐんだ口でそう訴えた。
今の話を聞かれた。と察するには十分な状況で、アオイはどう答えるべきなのか分からないまま立ち尽くしていた。
正直、今、彼女にかかずらっている場合ではない。
—―などと、思われてしまっては、お仕事が終了してしまう。それは、淫魔の矜持と娼婦の沽券にかかわるというものだ。
少女は、本心はおくびにも出さずに、必死の形相でアオイの胸元に飛び込む。
「私を……っ! ……私を利用してくださいっ!!」
顔を上げた時には、覚悟と不安がない交ぜになったような表情だった。
「えっ……と」
言ってる意味は測りかねたが、その真摯な瞳を無下にすることは、彼にはできなかった。
「ど、どういうこと?」
ここで馬鹿正直に聞いてしまえるのは、彼の長所であり致命的な欠点だ。
心中ではほくそ笑みながらも、真剣な面差しを続ける。
「私なら、この里の中を自由に動けます。他の仲間の人に
言って、ちょっとどころではない間が……
「――できるんじゃ、ないかな??? ……かなぁ?」
きっと、……多分。うんまあ、ちょっと覚悟はしておいて、と。
「と、とにかく! 諦める必要なんて、全然ないです! あんな性悪おばさんの言うことなんてポイッしちゃってください。私だって、スタイルにはいささか自信があるんです! あんな年増に負けません。ていうか、まさかああいうのがいいんですかっ!!!」
「えぇ……」
なんかすごいヒートアップしてるが、つまりは
しかもそれは、恋慕からくるものだと、あけすけに訴えてくる。
「話はよく分からないところもありましたけど、アオイ様の
「!」
「アオイ様が動くとまずいって言うのは分かります。実際、里の人達、かなりピリピリしてましたから、刺激しない方がいいです」
「いや、でもそれは……」
それは、魅了と支配を意味する。
今までも使ってきた能力ではあるが、実のところ、自分の都合の為だけに使ったことはなかった。
というより、こんな容姿だったおかげで、異能を使う以前に、好感度が勝手に上がって、ちょうど今の彼女のような状態の娘たちが、命の危険だったり、そうしなければ解決できないような事態に陥って、互いの合意で支配した娘ばかりだった。
だが、今度のケースは、一方的にこちらの都合に巻き込むことになる。
確かに、上手く事を運べば、彼女の手引きで里を出て、迷いの森も安全に抜けられるかもしれない。
が、それは、彼女からすれば、故郷を敵に回し、永遠に決別させる可能性を孕んでいる。
しかも、それを今日あったばかりの娘にやらせるということだ。
アオイは、事のすべてを読み取れるほど聡くはなかったが、それでも彼女の行動が、彼女を破滅させるものだということだけは理解していた。
「いや、気持ちは嬉しいし、それしか方法がないのかもしれないけど……」
実際、彼女の提案以外だと、腕づくと豪運に頼って突破するしか選択肢がなくなる。
それは、絶望的に低い成功率もさることながら、目の前の彼女を敵に回すことを意味する。
「あっ……と」
また思考を停めてしまった彼に、ダメ押しの微笑みを向ける。
「それに、魅了されて逆らえなかっただけだってことにすれば、いつか
思ってもいないことを口にして、健気に微笑みを強くする。
………………
まあ、ホントに思ってないのだが。なんなら、里のエルフほぼ全員はじめましての間柄なのだが。
「実は、ここに私を連れてきてくれたのは、
少年いわく、
「もし、本気で事態を打開したいと願うなら、ダークエルフの首長を狙え。あの熟女の思惑を超える気があるなら、それ以外に勝ち筋はない」
と。
「ただ、まったくオススメはしない。むしろやめとけ。お前じゃあの女には絶対勝てない」
とも。
「ダークエルフの首長……、狙う???」
アオイは、察しが悪かった。
「えっと、たぶん、
「あっ……そうか、それなら」
彼女と家族を分断しないで済む。
ただ、それには、リリアンナを完全支配して、【自由枠】を取り戻す必要がある。
「ふむふむ、つまり、今宵リリアンナさんとえっちして、将来的には私と母様を母娘丼にしてたいらげると……」
「言い方っ!」
まあ、どう言い繕ったところで、その通りなのだが。
「じゃあ、是非そうしましょう♪ 時間もないですし、あとの事は、やっちまってから考えるということで――」
「う、う~ん……」
煮え切らないものの、他に妙案があるでなし、当人が乗り気ならいいのか? と、この期に及んでまだ、無自覚に主人公特有の思考を引きずっているのだった。
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