第9話 少年の覚悟
おねーさんは、走り去る
「……(ふふ♪ おもしろいパーソナリティの持ち主ね♡)」
つい先刻まで半泣きで、動きも鈍かったというのに、少女の悲鳴一つで息を吹き返している。
あの悲鳴が罠かもしれないとは考えないらしい。
まるで学習していない無警戒な動きだったが、それはそれで好ましい。
「アホの子は見てて癒されるわねぇ」
森での戦いは続いている。今回の趣向は数の暴力。
幾つかの強敵との戦闘経験で最適化された動きで、いかに効率よく敵を捌けるかのテストと、残りの余力を吐き出させるのが目的。
おねーさんは、目の前のトロールの首を一太刀で切り落とすと、その体躯を蹴り飛ばした。
明らかに先ほどまでとは違う、粗野で荒々しい所作に変貌する。
技に力を乗せる。ただそれだけで、誤魔化しながら酷使していた剣は、それに耐えきれずに折れてしまったが、まるで意に介さず、拳打で畳みかける。
「シーナ! 仕上げだっ!!」
初めて、ハイエルフに指示が飛ぶ。
それに合わせて、攻撃的な魔法が展開され、敵のことごとくを屠っていった。
傍から見たら、自己の生存を優先していた護衛対象が、本腰で戦闘参加の動きに舵を切った。ように見えたかもしれない。
実際には、経験値稼ぎの終わりの合図であり、大精霊の気配を強く匂わせることで
そして、ここからが、おねーさんのターンを意味していた。
「……(さて、少年はうまく動いてくれるかしら?)」
「アオイ、敵の罠の可能性がある。最大限警戒しろ」
少年は全速のアオイに歩調を合わせつつ、彼に警戒を促す。
「……(まぁ、言っても無駄だろうけど)」
アオイは「わかってる」と良い返事だ。
なにをわかってるのか知らないが、この先で待ってるのはハニートラップである。
どうにも、この男は、感覚がマヒしているのか、このテの出来事をお約束とスルーするスキルが磨かれ過ぎていた。
ハニトラ耐性を推し量る為に、話の流れを利用して軽くメイドさんを裸に剥くよう
その後、
敵に捕まる→仲間の女の子たちが助けに向かう→捕まる→お決まりのお色気イベント完成
みたいなリアクションだった。めっちゃ慣れた様子だった。
あまりに酷かったんで、エロと情緒について軽く説教してたら、まあなんか仲良くなって、今の名前呼びに変わった。
ともあれ、少年としては、今回の計画、少なくともこのハニトラに関しては、あまり乗り気ではない。
積極的に潰すには、代案が弱い上にそれを差し挟む時間的猶予もないため、黙認した格好だが、少なくとも
が、
「あ、見知らぬお人、お助けくださーいっ!」
樹木の化け物に捕らわれ、肌もあらわに、助けを求める黒ギャルが居た。
枝や蔓が触手のようにうねり、女の身体を這いまわっていた。
「大丈夫か! 今助けるから!」
「……」
少年、苦悩の表情で膝から崩れ落ちる。
雑! 露骨!! 直近のメイドさんとネタが被ってるっ!!!
と、ツッコミどころしかなかった。しかも、にゃろう、何の躊躇もなくノータイムで乗っかりやがった!
前人未踏の地に、人族と思しき女が居るという不自然に何も思うところはないのだろうか?
無論、言い訳や設定は考えてはある。
彼女は赤子の頃に森に捨てられ、ダークエルフに拾われると、そのまま里で育てられた。
自分をダークエルフだと思っている幼子を不憫に思った養母は、なんやかんやで彼女を立派な黒ギャルに育てたのであった。
……だってさ!
「信じてるし……」
事後、救いの手を差し伸べた勇者様は、軽やかに女を抱き上げていた。その際、女の目は♡の形だったのは言うまでもない。……昭和かな?
「王子様…… ぽっ♡」
「………………」
がんばって。そこはもっと演技がんばって!
目の前の酷い茶番に吐き気を催しつつ、少年は自分のすべきことを考える。
無難な線としては、警戒を促した手前、より強固に警戒を促す。
「……(――は、ダメだな)」
おそらくは逆効果だろう。言っても相手は淫魔、色恋の駆け引きで勝てるとは到底思えない。
逆用されて仲が深まるのがオチだ。
いっそ庇護欲を焚きつけて、恋愛感情以上の関係性を構築させる、……のは時間的に難しい。
他の仲間に監視させるのは、関係の不和を利用されかねない。そもそも今後のことも考えると、あまり揉めたくはないのだ。
「……(どう考えても詰んでるんだよなぁ)」
自分が物語の中心と信じて疑っていない。というより、事実として、その積み重ねた結果が今である以上、彼にとってはこれもその一部でしかなく、とりわけこの出来事だけを警戒するには、何もかも足りない。
それは分かっているのだが、最悪の一歩手前で穏便に彼が屈服する方法はないものだろうかと思案を巡らせる。
あいつは負ける。そもそも勝負ではないのだが、彼からしたら理不尽な運命に直面することで、必ずそうなる。
異能の封印。
正確には著しい制限だが、こちら側に下ることで、今の彼を形成している殆どすべてが奪われることになる。
彼を慕う少女たちも、彼のそばにはいられない。
それは不可避であり、実のところそんなに悪い話でもないのだが、判断材料のない彼からしたら、「こんにちわ。死ね」と言われてるに等しい。
それを、おねーさんなりメイドさんなりの胡散臭い連中が、口頭で納得してくれと言ったところで聞き入れるわけもない。
かといって嘘をつくわけにもいかない。さらに今後を考えれば、暴力でねじ伏せるのもダメ。時間を掛けるわけにもいかない。
以上の理由で
結局残されるのは二つ。
彼を見捨てるか否か。
彼を駒として冷徹に扱う覚悟を持てるか。
もしくは、彼と痛みを分かち合い。納得させる。その覚悟があるか。
「まあ、やるしかないか……」
少年にしては、迷い、悩み、熟考し、自分なりに結論を出す。それはおねーさんの掌の上だと知りながら。
少年は遠巻きに見ていたアオイに近づく。
「あ、聞いてくれ、この娘、ダークエルフの里まで案内してくれるって――」
「あー……、その前に顔が汚れてるから、じっとしてろ」
ギャルを抱いて手が塞がってるアオイの頬にハンカチを充てて拭う。
「なに、なんかついてんの?」
「ああ、せっかくならその娘にキレイな顔を見せたれ」
「んん? お、おう……」
ほどなくして本体と合流し、一行はあっさりとダークエルフの里へと到着した。
本来、人間に限らず、生殖可能なオスが踏み入れるのを良しとしない気風の土地であり、ハイエルフの執り成しがなければ、少年とアオイは、追い返されていたところだろう。
という、文化の妙を巧みに利用し、彼らを分断するのは容易だった。
他の女性陣は疲れを癒すため、メイドさんと共に宿泊も可能な住居のあるエリアに。
そして、少年とアオイは要監視対象ということで、人間でありダークエルフのギャルを案内役兼監視役として、人の少ないエリアに案内される。
偶然を装うというより、偶然性を無駄なく利用した采配に、少年も舌を巻く。
よくもまあ、突貫でここまで見事に事を運べるものだと感心する。
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