第7話 迷いの森にて 戦闘訓練
【迷いの森】
幾つもある不可侵領域の一つであり、大規模なダークエルフの国があるとされている地である。
多くの邪悪な妖精が巣くい、魔物が跳梁する。
その性質は迷宮に近く、危険種を閉じ込めるように森は侵入者を拒み、無謀にも足を踏み入れた愚者もまた、外へと逃がすことはない。
出るにも入るにもエルフの案内でもなければ不可能に近い。
「先行します。遅れずついてきてください」
シーナが護衛の冒険者たちに告げる。
簡単な説明は済んでいるが、それでも困惑する勇者御一行様。
「ホントにオレたちが後ろから付いていくんですか?」
代表の男。アオイという名の少年が尋ねる。
少年と同じ黒髪だが、やや小柄で線が細い。顔立ちは愛らしく、周りの少女たちと混ざってもまるで違和感がなかった。
魅了の異能がなくとも、見た目だけで十分に異性を引き付けるものがある。
「問題ありません。というより、私以外で迷わず最短距離で抜けるのが不可能なんですよ」
シーナは微笑む。
「護衛という名目だが、実際には要所で倒さなければ安全を確保できない手合いの相手が君たちの仕事だ。
おねーさんが補足するように断言する。お仕事モードと言わんばかりに凛々しく、彼らの上官然とした態度で言葉を選ぶ。
スペックだけで言えば、この中で間違いなく最強なのがシーナだ。駆け出しの
精霊魔法とはそれだけ強力であり、現人神であるシーナは、その中でも別格なのである。
とはいえ、おねーさんたちの縛りプレイ的に、そんな伝説級の神の御業が日の目を見るのは、間違いなく再終盤の数回に限られるだろうが。
「殿に私の従者を置く。最低限の警戒は私とその者らで行う。貴方たちは必要以上の注意は払わず、体力温存に努めなさい」
そして、おねーさんが号令し、地獄の行軍が始まる。
道行はハイエルフが先行し、そのルートを魔力の残滓で線のように紡いでいく。アリアドネの糸といったところか。
後続はこれに沿うように続くだけ…… なのだが。
「……(え、これ、ちょっとマズ――)」
アオイは早くもこの任務が、今まで経験したものとは異質なことを実感していた。
護衛対象のステータスを見ても、ついていけないなんてことはないと高をくくっていた。が、まったくの想定外事態が現在進行形で起こっている。
「……(あらら、後続がかなり遅れてるわね)」
おねーさんは足も止めずにちらりと後ろを仰ぐ。
まるでトップアスリートのマラソンかと思うほどの速さで、シーナとおねーさんが森を駆け抜ける。
起伏があり、木々の根が盛り上がって平坦場所はなく、そもそも道と聞いてイメージするような開けた空間もない。
ひどい獣道を草木の合間を縫うようにして疾走している。
視認性は非常に悪く、寸分違わず、足を踏み込まねば、容易に足を取られる。
これに、後続がついていけていない。
信じられないことに、おねーさんは、それを背後の動きに意識を割きながらこなしている。
魔力のない彼女は、魔力の残滓など見えていないのにもかかわらず、である。
おねーさんのようにシーナの足運びを完璧にトレースなどできるわけもなく、勇者一行は進むほどに遅延を生み、距離が空けば影すら終えずに、また遅延する。
それが一歩踏み込むごとに重なる。視線を誘導する糸と、実際の足場の悪さに意識を割かれ、それらを身体能力で強引にカバーしている。
「う、ぐっ……、はぁ はぁ――」
自然、息が上がる。特に体を動かすことに不慣れな異世界人が顕著だ。
最適化された機械のように突き進む二人に食らいつこうとして、ただでさえ無駄の多い動きが、ますます雑になっている。
「……(なんなんこれ? 試験なの? スケボー使ってもルール違反じゃない的なやつなの?)」
久しく感じることのなかった、しんどいだけでは言い表せないレベルの疲労感と玉の汗。楽して強くなるタイプの彼と相性は最悪だった。
そして、それだけやっても差が開くだけの状態に、自然と神経が苛立つ。
「……(なるほどな。こうやって振り回すわけか)」
少年は感心する。
控えめに言ってトロくさい集団のさらに後ろをメイドさんとのんびり付いていっている少年は、じっくりと異能者達の動きを観察していた。
ハンデはある。
おねーさんと少年は、不意に敵と遭遇しないことを知っている。大まかなルートや休憩地点、ゴールに掛かる時間も頭に入っている。
装備にしても必要最低限の軽装で、この森を走破することに最適化している。
といっても、おねーさんのリクエストもあって二人は女中と小姓の姿で、特に意味のない強キャラ感っぽいコスプレを強いられているのだが。
ともあれ、そういった心身の負担軽減があり、その分のリソースを他で使える。
ただ、それを差し引いても、少年もまたは異常と言えた。
少年は、メイドさんの足運びを視界の端に捉える程度に留めて、意識は標的を捉えたまま、まるでブレない足取りを難なく維持している。
おねーさんたちほどの速度ではないにしても、常人離れした業だ。
「ステータスだっけか? 俺と異能者でどれくらい違うんだ?」
こそっとメイドさんに尋ねる。
「そうですね。素の状態、見える数値で言うなら3倍は違いますよ。あっちのが3倍は上です」
「ふむ……」
ステ値が上がると燃費が悪くなるんだろうか? あるいは山岳仕様に最適化されていないとこんなものなのかもしれない。
危険地帯は警戒しながら進む場合、当然ながらその足取りは重い。
それが常であり、時間を意識して競うように走破するなんてことは、まずしないのだろう。
明らかにおかしなペースで進む森の人と女傑、普段通り(という設定)の仕事着のまま涼しい表情で後ろから付いてくる従者の二人。
間違ってるのは、間違いなくこの四人なのだが、それを指摘する暇もない。何より指摘したところでペースが落ちることもない。
「……(まさか、自分の預かり知らんところで、
スケジュールが詰まってるので、吐いてでも付いてきてもらうしかない。
そろそろゲームで言うところの強制戦闘マスを踏むタイミングだ。
おねーさんが開けた空間に飛び出す。
と同時に、携帯していた剣を抜き放ち、大きく息を吸う。
「三時方向、敵影3っ! 接触までの猶予を1分くれてやる! 5分間の全力戦闘に備えっ!!!」
おねーさんの声が森に轟く。
「……(お、少し動きが良くなったな)」
隠密行動の解除と魔法による身体強化が解禁されたことにより、勇者一行は跳躍で一気に木々を抜けると、それぞれの得意レンジ合わせて散る。
「バフは我々には不要だ。慣れた連携で動け! 私とシーナが合わせる!」
ほどなく、はっきりと視認位置に魔物が現れる。
「……あれは?」
少年がメイドさんに尋ねる。
目の前に見事な体躯の馬のような何かがいる。シルエットは馬だが、全身が闇に覆われており、闇が馬のような形をなしているだけのようにも見える。
「なんでしょうねぇ。名前は基本人が付けるので、このレベル希少種になると名前とか設定されてないんですよね。黒馬でいいんじゃないですか?」
「適当だな」
「まあ、オーソドックスなパワータイプですね。高耐久 高火力 高機動。こっちを振り回してくるタイプです。前衛が上手く立ち回って持ちこたえられなければ、あっさり瓦解しかねません」
メイドさんも少年も、戦闘には参加せずに観戦モードだ。
予定では、彼の物語の中盤、ハーフエルフの覚醒イベントで倒されるはずの壁ボスらしい。
現状では歯が立たないどころか、逃げを打って生き延びれるかも怪しい戦力差のはずなのだが。
「前衛も攻撃に専念できるのが大きいですね。危なげなく削りきれそうですよ」
シーナが精霊魔法で注意を引き付け、おねーさんが乱れた足並みの黒馬に迷いなく切り込んでいく。
黒馬が咆哮すると槍状のなにかが十数本生まれ、シーナが精霊に何事か囁くと音もなく霧散する。
その隙を見逃さず、おねーさんが剣を撫でるように滑らせる。
ほぼこの二人で、黒馬の動きをコントロールしていた。
「余裕だな。お手本のような体裁きで牽制に徹してる」
「まあ、彼らは見てる余裕はないみたいですけど」
「見れたところで参考になるか怪しいけどな」
とりあえず、訓練としては上々だ。強い敵を倒してレベルアップとか言う恩恵を受けられるのは彼らだけなので、せいぜい討伐数を稼いでもらうとしよう。
少年とメイドさんの会話は続く。
「ところであの剣はなんだ? おねーさんの技量がぶっ飛んでるのは知ってるけど、なんか切れ味が良過ぎな気がするんだが?」
「あれですか? そこらで買った剣に形状を維持するように細工したものです。折れないし曲がらないし切れ味も落ちません。が、スペックはなまくらですよ」
良く切れるのは、まごうことなきおねーさんの技量によるところということらしい。
「さも当然のように伝説級の武器作るなよ……」
「いえ、聞こえはいいですけど、単なる破壊不能オブジェクトですよ。個体の形状維持の優先度をこの世界で最高まで上げただけの剣です。おねーさんレベル技量があれば、聖剣だろうと縦に割き切るでしょうけど」
「普通にダメだろ、それは」
「普通ならそうですけど、この縛りプレイでは使えない場面が多すぎるので言うほど活躍はしませんよ」
この世界には、破壊不能、それに準ずる性質のものが数多ある。
魔法然り、物品然り、自然物に見えるものも。
「魔法の世界で自然物そのままだと、火の魔法一つで焼け野原になっちゃいますからね。大なり小なり神の干渉があります。ダンジョン系なんかはそのテのオブジェクトだらけですよ」
「それらに不正な干渉をすると、間違いなく神なりその眷属なりに感知されます。うっかり触れただけですぐにゲームオーバーですよ」
「それこそ、んなもんをおねーさんに渡しちゃダメだろ」
「まあ今回は時間がなかったので。さすがにそこらの剣では、予定してるボスラッシュを抜けられませんし、魔剣なんかを用意するほうが色々不都合だったので」
今回のロールプレイ的に、設定的に
「それにおねーさんなら、そんなヘマはしませんし、すぐに飽きて要らないって言いだしますよ。きっと♪」
「……(だから問題なんだよ)」
あの女が一度放棄したカードを「やっぱまた使う」とか言い出すとは思えない。
こんな序盤で切り札が一つ浪費されたことになる。
「……(こいつはこいつで、それを見越してやってるだろうしな)」
この世界、設定がいい加減過ぎるせいでTAS行為が有用すぎるのだ。あまりにひどいものは、このチュートリアルのうちに消化してしまう腹積もりなのだろう。
メイドさんは、涼しい表情で少年の視線をやり過ごしている。
予定よりもわずかに早く最後の黒馬が倒れる。
なんかレア素材がドロップするらしいが、それはどうでもいいので勇者一行に全部押し付けた。
結果として休む時間が減るというのに、文句もないところからいって結構な価値なのだろう。
そして、ホクホクの勇者達と対照的に、おねーさんは不機嫌そうに顔をしかめる。
「すっごく、つまんなかった! この剣はダメね。地味なだけで渋みが足りない。駄作もいいところだわ。はーつっかえ。これ作ったの誰だったかしら? センスを疑うわ。ね、少年」
「ほんとな、詫びにメイド服破壊イベント入れるといいぞ。脱衣サービスシーンでおねーさんに手を打ってもらえ」
案の定、おねーさんには不評だった。めちゃくちゃボロクソだった。意趣返しも兼ねて少年も全力で乗っかる。
「……はは、すみません」
メイドさんの笑みが引きつっている。
つまんないことするとマジで容赦がない。わりとガチでビビるメイドさんだった。
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