第6話 夕食と娼婦

 ハーフエルフはガンである。

 

 とは、メイドさんの言である。


 あの後、クエストの発注は滞りなく進み、メイドさんの予定通り、標的にお鉢を回すことができた。

 その日の夕食での話である。



「あら、穏やかではない表現ねぇ」


「ハイ。まあ、あくまで例えですけど。ダークエルフがアレルギーなら、ハーフエルフは癌。これが一番しっくりくるんですよね」


 ダークエルフによる影響の深刻度は、その数や生息域によって、花粉症からアナフィラキシーまで様々だ。


 現状は、まあ軽い方だろう。少なくとも医者に駆け込む程の重篤な状態にはない。


 せいぜい時期によってはドラッグストアで花粉対策が必須かもしれないといった程度のものだ。


 ダークエルフは精霊による過剰生産が問題で、まさしくアレルギーのような性質を持つ。度を越せば、生態系が機能不全を起こす可能性があり、それ故に対処が必要になる。



 ハーフエルフの深刻度は、種の性質変化と繁栄の度合いによってステージ0~4まである。


 ハーフエルフは、人族との交わりにより、エルフの機能と人間の繁殖力とを兼ね備えた種である。


 もし生まれた子が人族または妖精族の性質しか持たない場合、厳密には【ハーフエルフ】とは呼ばれない。


「ちなみに、ゴブリンなんかの妖精種と人やエルフが交わってもゴブリンしか生まれません。同じ妖精族でも後発のドワーフあたりは対策済みなのでそういう意味でのハーフは生まれません」


 交配によって生まれた子がエルフによって監督され、次世代が生まれる可能性が皆無であればステージ0


 何らかの要因でエルフの管理外で活動が行える状態であればステージ1


 パートナーがおり排卵が始まっている場合はステージ2


 次世代が生まれ、その種がハーフエルフと同等の性質を受け継いでいた場合はステージ3


 さらに世代が進み、種として確立し生息域が拡がった場合ステージ4



「と、癌みたいじゃないですか?」


「まぁ分かりやすいけど、言い方よ」

 と、少年。


「そもそも、癌て表現するレベルの問題なのに、神様はなんもしないのなんで?」

 おねーさんは、もっともな疑問を口にする。


「んー、まあ、神は生まれた生命を直接どうこうしないんですよ。エルフに欠陥があろうとデザインし直したりしませんし故殺もできません。これは絶対に近いですね」


「ふーん…… なるほどね?」

 おねーさんは意味ありげに目を細め、それ以上の追求をやめる。


「で、件のリリアンナハーフエルフちゃんはどのステージなの?」


「ギリギリ1 ……実質的には2でしょうか。本来ならまだ対処が容易な状態ですけど、お相手がなので」

 メイドさんは若干言いよどみつつ、一呼吸置いて続ける。



「先ほどのおねーさんの疑問の答えの続きですけど、直接はともかく間接的に干渉することは往々にしてあるんですよ。その一つが【英雄】に仕立てることですね」


 【英雄】とは神の加護を最大級に受けた、特殊な人物を指す。


 何らかの理由で天啓を授け、半ば無理やり神の眷属にする荒業であり、歴史的に稀にしか発生しないので、何故か世間からは有難がられる悪習慣である。


「生命には干渉しないけど、同じ神の系譜に名を連ねたなら、ね。みたいな」


「なにその法の抜け穴を政治家がフル活用するみたいなの」


「ですよねー。運営はクソって罵っていいレベルの悪行です。今回は転生勇者を使って似たようなことをやるつもりらしいですが、今回はそれに便乗するとしましょう」


 英雄化の流れは今更阻止するのが難しいなら、せいぜい無駄なく利用しようというのだから、どちらにしてもロクでもない。


「天啓という形で唾つけられてないのが、こちらのつけ入る隙です。彼女はまだ英雄になる手前の卵ちゃんです。なのでシーナハイエルフさんの眷属姉妹になってもらいましょう」


「ふーん…… 色々あるのねぇ。チートのぼっちゃん堕とせば勝手に付いてくるってもんでもないのね」


「さすがに今回みたいな込み入ったことは、そうそうないです」


 逆に言えば、放置しただけ面倒事が増えるので、チュートリアル中で、メイドさんが主導できる今のうちに潰そうということだった。



「んで、次にやることはなんだっけ?」

 と、おねーさん。少しお酒が回ってきたようで、そこはかとなく邪気が漏れ出ている。


「そろそろゲストが来ますので、その方との打ち合わせです」


「お待たせですぅ。いつも【みあんな亭】をご贔屓にあざざすぅ♡」

 言うが早いか、すっげえ軽いあいさつで、ギャルみたいな風貌の金髪の少女が現れる。


「……(なんかすげえの来たな)」

 口に出すのは思いとどまる少年。


 よくこの店のドレスコードに引っかからなかったと感心するぐらいラフでいかがわしい風体だ。


「あの方が、彼女がおねーさんのご希望通り、変身能力に長けた淫魔サキュバスで――」


「ベッキーでっす♡ ミアンナ姐さんが超特急って言うもんで、ちょっぱやで飛翔してきたんで、イカ臭かったらごめんなさぁい♪」


 んー…… 下品。


 少年は、黙々と食事を続けることにした。 


「いーのよぉ。ベッキーちゃんは飲める? おねーさんと飲みましょ」


「はーい! もちろんいただきますぅ♪」


 と、唐突にやってきた娼婦サキュバスとおねーさんが、あっという間に出来上がる。


 盛り上がってるアダルト組を遠目に眺めつつ、

「すげー嫌な予感しかしないけど、そういうことか……」


 少年は渋い表情で虚空を仰ぐ。目には目を 歯には歯を。つまりはそういうことだ。



「彼女には、【迷いの森】の魔物たちを誘引してもらいます」


「ふむふむ」


 本来、勇者一行がいずれ討伐する予定のものを、今回の道行きで可能な限りけしかける。


「どのみち放置できない魔物を、メイドTASさん使って効率よく狩るのね」


 本来なら邪妖精や魔物がひしめく【迷いの森】の中で単独で工作なんて自殺行為に等しいが、メイドさんが魔物との遭遇エンカウントを予知してコントロールできるのなら、任意のタイミングで転生勇者にぶつけられる。

 



「というわけなので、ベッキー淫魔さんは、私と【迷いの森】に行ってきますので、皆さんは休息してください。明日から数日、人の身には、少しハードになりますので」


 食事も終わって、酒飲みだけが延々とグラスをあおっていたが、待ってても終わりそうになかったので、メイドさんが半ば引き摺るように淫魔を連れて行った。


 残った三人のうち、酒を飲まない少年も、この流れを見逃さずに席を立つ。


 ここに居たところで、おねーさんにウザ絡みされるだけなので、さっさと退散する運びだ。


「えっ……」

 と、ハイエルフの少女が、取り残される。


 おそらく助けを求めるように視線を彷徨わせているだろうが、少年は見えなかったことにして、背を向ける。



 うっかり逃げ損ねたシーナが酔い潰れるまで、まだ少し時間はあるだろう。


「……(今のうちに【みあんな亭】とやらに行っておくか)」


 シーナを人身御供ひとみごくうに、束の間自由を得た少年は、さも当然のように歓楽街へと足を向けるのだった。

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