第5話 冒険者ギルドとお仕事の手配

 他種族国家【ミルギリア】の主要都市【カイラス】


 都市としては、もっとも【迷いの森】に近い場所にある、活気にあふれた街。

 


「へぇ、なんか想像と違ったわ」

 おねーさんが言う。


 彼女はカジュアルと言うには、少し重たい仕立ての服を身にまとい、見た目だけなら貴婦人のようであった。


 メイドさんまで連れたそんな装いには不釣り合いな場所がここ【冒険者ギルド】である。


 都市のほぼ中央に陣取り、要塞かのような堅牢な作りの建物は、郊外の街の出入り入り口付近にある出張所とは比べ物にならないほど立派だった。


 建物は質実を兼ね備えた作りになっており、そのロビーは、異世界から来た人間が面食らう程度にちゃんとしていた。


 日本でこれに近いのは、銀行や図書館であろうか。それくらい静かで清潔感がある。少なくとも半裸で大剣担いだ大男が「ガッハッハッ」とか笑ってたりはしない。



「潤ってるわねぇ。ガメてるの?」

 おねーさんが言う。どう考えても、この女が一番ガラが悪い。


 およそ貴婦人の言葉遣いではない。冒険者登録にきた札付きのゴロといわれたほうがよほどしっくりくる。


「ただ単に必要を突き詰めた結果です。キャッシュや貴重品を取り扱う場所ですし、セキュリティ面で銀行の機能を有している場合も多いです」


 商売道具とはいえ武装して来るな。という、もっとも過ぎてドレスコードとも言えない普通の話である。


 装備一式をギルド側で封印処理を施して持ち歩くのは許可されるが、よほど高価な品物でない限り、手間が勝ちすぎるので、まずやらない。

 

「一般階級で帯剣できるとしたら、かなり上位の実績のある人だけです。それでも抜こうものなら大問題です。賢明な人ならここには手ぶらで来るか、ギルドに武器を預けてあるでしょうね」


 そんなわけで、こんな場所で異世界人が、冒険者に因縁付けられるなどということは皆無に等しい。


 

「てめーだなっ!!!」


 後ろから、静寂を打ち破るような、野太い声が轟く。

 振り返って見ると、数人の男がこちらを、正確には少年を睨めつけている。


「あら、少年の知り合い?」

「んなわけあるか……」


 男達は見た目も纏う空気も、荒事で生計を立てていますと、自己紹介してくれている。よく言っても悪く言ってもゴロツキの域を出ない。


 さすがに武装まではしていないが、明らかにこちらi

敵意を向けており、そのうちの一人、おそらくはリーダーであろう、大分おっさん寄りの壮年の男が近づいてくる。


「てめーがリリアンナをかどわかしたクソガキだなぁ?」


 まったくもって意味不明だったが、聡い少年はそれだけで事態を飲み込んでいた。


「いや知らん。が、誘拐事件なら、ギルドの受付で依頼を出すか、自警団にでも相談しろ。まぁ、お前らのような身元の怪しいゴロツキじゃ取り合ってもらえんかもしれんが」


 否定はすれど、穏便に事を運ぶ気のない不遜な態度で少年は応じる。


 警備員が遅れて反応しかけたのを、少年は不要だとでも言いたげに手で制した。


「……(ふむ。よほど稀な出来事らしいな)」


 メイドさんが言うように、こんな事態はまず起こらないのだろう。ほんの僅かだが警備員に逡巡の色があった。


 身元の知れない貴婦人おねーさんを巻き込む恐れがある中でうまく立ち回れるか思考していた分、反応を鈍らせたのだろう。


 


「迷惑な……」

 少年は独り言ちる。目の前のゴロツキにではない。この出来の悪いシナリオにである。


 メイドTASさんと一緒の時に、こんなしょーもないアクシデントが予想外に発生するわけはない。

 仕込み、というと大げさだが、これもチュートリアルの一環程度の話なのだろう。



「お、なになに異世界名物のかませ展開じゃん♪」

 おねーさんはウキウキしてる。


「これあれだろ。例のチートくんがなんかやらかしてるだろ」

「わぁ、よく分かりましたね♪」

 メイドさんが満面の笑みを浮かべている。正解したので花丸くれる勢いだ。


 この地域では見慣れない黒髪の少年が、見た目だけなら絶世と言っていい美女やら美少女やらをはべらせて、冒険者ギルドを出入りしてる。


 年恰好だけで、顔を見知っていなければ、どこぞのハーレム主人公と誤認しても無理からぬことかもしれない。……非常に不本意だが。


 そこにメイドさんの調が加われば、勝って当然のイベント雑魚の出来上がり。というわけだ。


 つまるところ、まったくの人違いで因縁つけてきているわけだが、少年はその誤解を解く気がさらさらなかった。


「まあ、ここまで見事な正当防衛もなかなかないしな。腕試ししろってんなら、素直に暴れるとしようか」

 少年はニタリと口の端を歪ませて、男と仲間たちを睨め返す。


「ここが非武装地帯で良かったな?」

 心底思っていることを口にする。この程度の難事であれば人死には回避できそうだと笑う。それが口火となり闘争は始まった。



「さ、こっちはこっちで手続しましょうか」

 メイドさんは笑顔で受付の方に向き直る。まあ、勝って当然なので、こんな扱いである。


「依頼ってそんな早く反映されるものなの?」

「はい。緊急クエストって形で依頼します。そこにたまたま標的が居合わせる、という流れですね」


 その時このおっさんたちと鉢合わせるのは具合が悪いので、敢えて彼らの耳に入るルートでこのギルドを目指した。


 結果今に至るわけだ。延々と彼らを遠ざけるより、早めに来てもらって処理する方が早いという判断である。


 どうやら少年には、最短ルートでギルドに向かっていないとバレていたようだ。というか、話の流れについていけずにオタオタしているのはシーナだけである。


「シーナちゃん心配しなくても平気よ。ステゴロで少年に勝てるようなのはそうそういないから」

「少年が露払いしてくれることで、事が円滑に進みます。感謝ですね♪」


 本来の流れのままだったら、将来有望株とはいえまったく面識のない新米冒険者チート転生者が一悶着起こすのを見守った上で、なんやかんやの後にその問題児に涼しい表情で、仕事をお願いする。などという不自然極まりない事態になってしまうところだった。


 それで計画が破綻するということはないが、遅延は避けられないし、標的に警戒されるのも必然だろう。



「まず、依頼は二つ。一つはハイエルフシーナ貴婦人おねーさんを隣国との境界付近に暮らすダークエルフの集落まで送り届ける、護衛依頼ですね」

 とメイドさん。

 この依頼の目的は二つ。一つはダークエルフをシーナの指揮下に入れること。


「ダークエルフは使っていいんだ?」

「はい。先に説明した通り、ダークエルフは非正規の余剰人員ですので、ある程度は動かしてもらって構いません」


 もう一つの目的は言わずもがな、ハイエルフシーナを餌にして、標的を釣り上げることだ。



「もう一つは信書の配達ですね。おねーさんのご希望通りかはわかりませんが、今回の攻略の決め手を手配します」


「お、いいわねぇ。こりゃもう勝ったわね」


 勝つためには、おねーさんの演技力に掛かっているのだが、……果たして。




「失礼。仕事をお願いしたいのですけれど」

 おねーさんは、他人に指図することに慣れた様子で受付に声をかける。


「へ、あ、はい?」

 と、応対した受付の女性は間の抜けた返事をした。その先の喧嘩というにはあまりに一方的すぎる、鮮やかな対人戦に気を取られていたようだ。


「急ぎの仕事を頼みたいので、その裁量のある方をお願いしたいの」

「えっと、失礼ですが、身元の確認をさせていただきたいのですが……」


 おねーさんがメイドさんに一瞥くれると、すかさずメイドさんがすっと、依頼内容をしたためた書類と身分証偽造品一式を差し出す。

 

「はい、少々お待ちください」

 受付はすんなりと通った。


 少年のさばきが鮮やか過ぎたこともあるだろうが、なにより受付を担当した人物がこの状況をある程度把握していたのが大きい。



 つい先ごろ、このギルドで共に受付をしていた同僚が冒険者に復帰したという出来事があった。


 彼女は元・冒険者であり、この界隈では知らぬもののない実力者でもあった。


 いつだったか彼女が参加していたパーティが解散した折、彼女は冒険者を引退してこのギルドの職員として居ついていたのだが、そこにふらりと訪れた冒険者志望の男の子と運命の出会い(本人談)を経て「なんやかんやと寿復帰した!?」と、ちょっとというには大きな騒動になったばかりなのである。


 その女の名がリリアンナ。この大陸に二人といないハーフエルフにして、唯一無二の精霊魔導士である。



 少年に返り討ちにあった壮年の男は、かつてそのパーティで小間使い見習いのようなことをしていた過去がある。


 それなりに可愛がられたようだったが、彼が一人前になるよりも早くパーティは解散し、彼はリリアンナ目当てに解散後も現役だった他の幾人かの仲間たちと別れ、このギルドでできる仕事のみを請け負っていた。


 結果として、それは彼の才を腐らせ、うだつの上がらない中級下位止まりの冒険者にしてしまった。


 それ自体はまあよくあることだ。望むがまま努力したらしただけ成長できるのはほんの一握りの者だけだし、それが世に認められるのは稀だ。


 最大限良く言っても出来の悪い弟子程度の扱いでしかなかったが、男にとってはそれでも心地よい間柄だったのだろう。男っ気がない彼女が高嶺の花で居てくれることに安心しきっていた。


 それだけに、今回の出来事は衝撃であり、看過できなかった。


 碌な確認もせずに、妖精族ハイエルフを連れたの話を聞きつけて、食って掛かったのも、感情を押しとどめられるだけの理性が枯渇していたからだ。


 まあ、こんなタイミングで大森林不可侵領域の住人であるエルフが人里を訪れていると考えるのは、たとえ冷静だったとしても難しかっただろうが。


 結果として、遥か格上のまったく無関係な少年に成す術もなく無力化されたわけだが、それでも師の前で醜態を晒す最悪の事態は免れたようだった。


 とはいえ、乱暴狼藉の現行犯だ。処罰のほうは免れないだろう。



「……(それにしても、ハイエルフて……)」


 有能だが、まだ若い受付嬢は、目の前の客人に言葉を失う。


 よもや定命の身で、ハーフエルフとハイエルフを間近で見る機会を得るなんて思ってもみなかった。


 感動というより、運を無駄遣いしている感が半端ない。なんかもったいないことをしている気分がすごい。



 依頼自体に不備はない。急ぎというには整い過ぎているような気もしたが、それを勘ぐる立場にない。


 急ぎというより、最優先でやれという意味合いが強いのだろう。どちらにしろ業務を滞らせるわけにはいかない。


 実際、応接室に案内しようとしたが、窓口でいいし二度手間になるので担当も変えてくれるなと、やんわり釘を刺された。


 上司も問題ないと言っているので、引き続き担当を任される。


「それで、十数人の女性で構成された、連携の取れる人員をという話でしたが」

 受付が言う。


 護衛に注文を付けるのは、よくあることだ。


「はい。一人までなら殿方も許容します」

 メイドさんが楚々と答える。不自然じゃない所作でちらりと少年に視線を配る。


 彼はすでに荒事を済ませて、現場に居合わせた職員の幾人かにてきぱきと指示を出し、事後処理を半ば完了させつつあった。


 この面子で単独で小姓を務めるだけあって有能なのだろうことは、今まさにそこで示されている。要は、彼に監視させるということだ。


「ええっと、手配は可能なんですが……」

 条件をクリアする人材の候補はある。ただ、いずれも条件を整えるのに、それなりの時間を要する。


 唯一、この条件を既に満たしていおり、すぐにでも護衛任務をこなせるパーティが居るのだが……

 果たして紹介すべきかどうか。と、迷う。



「……(ハーフエルフをハイエルフに引き合わせるのってマズいのでは?)」

 それがまず一つ目の問題。


 ハーフエルフという言葉が在ること自体が不思議なほど、ハーフエルフはこの世界に居ない。

 が、おとぎ話や神話では、禁忌の存在としてしばしば登場する。


 神にも精霊にも愛されない存在として描かれ、迫害されたり、種族間対立の火種になったり、魔女の正体というのもあった。


 いずれもフィクションだと断言できるほど、ハーフエルフの存在は希少だ。だとすると、どんな歴史的背景があれば、こんなネガティブな描かれ方をするのか。


 ハーフエルフが生まない為の予防措置、と考えるのが妥当な気がする。


 何の根拠もないが、そうだとして、精霊の申し子たるハイエルフの目に触れさせていいものなのだろうか?


 そしてもうひとつの問題。


「……(彼のも加味するとなぁ)」


 間違いなく若手トップの実力派新人。少なくとも依頼未達成はただの一度たりともない。が、なぜか女性絡みの仕事ばかりに縁があり、そのことごとくで女性のメンバーが増える。


 別に仕事に支障をきたさないのならとも思うが、護衛の対象が【始祖の森】の【ハイエルフ】ともなると、さすがに考慮しないわけにもいかない。


 そもそも神話に出てくる登場人物で、むしろ妖精族よりも人族によって神格化されているがある。


 なにかあっても、責任の取りようがない。事が起これば、間違いなく将来の歴史と文化に多大なる影響がある。


 それを言ったら護衛任務自体引き受けるべきではないのだが、こちらは責任の所在がハッキリしているので一介の職員が気を揉んでも詮無いことだ。


 本来なら依頼者当人に判断してもらうのが最も簡単なのだが、リリアンナハーフエルフの事を伏せてとなると難しい。



「どうやら、適任のパーティがいるらしいです。奥様」

 と、手続きに加わったのは、小姓に扮した少年だった。


 既に事をギルド職員に任せて、本来の役目に戻った。という体で話に参加する。


「最近、どなたかが、ハーフエルフの精霊魔導士を加入させたと噂されているのを耳にしてはいたのですが、どうやらそのパーティと間違われて襲われたようです」

 しれっとほぼ嘘でしかないことを話し出す。


 噂など聞いてる暇などなかったし、ハーフエルフの話は単に攻略上必須の情報だっただけ、目の前の受付嬢にしても、そのハーフエルフの親しい友人なことも知った上である。


 それを踏まえて、妙なもたつきを推察して、強引に話を一つ進めた。


 実のところ、ハーフエルフが重要人物扱いされている理由は理解していなかった。情報が足りな過ぎることは実感しつつも、その辺は勘と相手の表情で煙に巻くつもりだ。


「ハーフエルフ、ですか…… それは是非もないですね」

 女主人然とおねーさんは応え、薄く微笑むと、受付嬢をまっすぐに視線で射貫く。


「心当たりはありまして?」


「……はい」


 返事をしてしまってから、慌ててハイエルフを見やる。

 彼女は明後日の方向を向いていた。目の焦点は明確に何かを捉えている。


 視線の先、そこには案の定、ハーフエルフが硬直していたのだった。

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