第3話 ハイエルフ

 全裸の美女とそれを横目に上着すら貸さないくたびれた少年と、ばっちり整った格好のメイド。



「……人間?」

 とは、第一里エルフの一言である。


 素っ裸に謎の光を従えた女のどこを見てそう判断したのかは不明だが、なにか著しく人間の尊厳が脅かされたような気がする。



 【始祖の森】

 

 世界に幾つか点在する【大森林】と呼ばれる不可侵領域のうち、大精霊の座所とハイエルフが居ることで有名な地である。


 小精霊と数多の妖精、多様な動植物が跋扈する未開の地。

 【海洋】 【山脈】 【魔界】 【迷宮】 と並ぶ、人間が生息するには適さない環境の一つである。


「少年! エルフよ! 生エルフっ!」

「気持ちは分かるが落ち着け。不審者が正しく不審者ムーブするな。ただでさえ警戒されてるんだから」


 説明不要なほど知られた種族である。細身で美形で耳が長い。という、イメージをそのまま形にしたようなのが幾人か、遠巻きにこちらを見ている。


「言う時間がなかったのですけど、エルフとの交流は極力避けてください。彼らを今回の目的に巻き込むのは望ましくありません」


 目的はあくまでこの地に住まうハイエルフだとメイドさんが言う。


「あらら出鼻をくじくわね。ところで、エルフとハイエルフってなにが違うの?」


「それは…… メタ的な意味で?」

「も、含めて」



「ああ、まあ、大分違いますね。表向きはエルフの上位個体で、妖精族エルフ種の長みたいな扱いですけど、メタ的にはかなり違います」


 メイドさんは臆することなく里の奥へと進みながらとくとくと語る。



「そもエルフというのは、かなり特殊な立ち位置で、神が対精霊、また、妖精へのカウンターとして意図的に作った種なんですよ。生態系で言うと他を駆逐する外来種ですか。沖縄のマングース……でしたっけ? あんな感じです。わりと失敗してるあたりもそっくりですね」




 かつて神々の祖は【竜】が住まうこの地に異界から【大精霊】と【死の神】を招き生と死を与えた。



 祖は【地母神】と共に【神々】を生み、様々な生命を作った。



 【大精霊】は【小精霊】を生み大地を豊かにした。



 やがて祖は【神々】らに世界を預けこの地を去ったが、【地母神】と【大精霊】は残った。



 その後、不滅なる【妖精】を際限なく生み続ける【精霊】達に、住処を奪われた【竜】は怒り、大地を噛み砕いた。




「と、それが今の星々の海銀河という設定ですね」

 と、メイドさん。



 

 【地母神】と【】らは一計を案じ、【大精霊】に生命を作るよう求めた。


 

 【大精霊】は求めに応じ、生命を持った【妖精種】を作った。




「それはもうドリアードからゴブリンまで、出来不出来にかかわらずわんさか作るもんですから、そらテコ入れが必要だーってなります」



 鎮まる気配のない【竜】に、【神々】と【精霊】は共に生命を作った。


 

 それは後に【エルフ】と呼ばれる。



「神が設計して精霊が生産を担いました。目的は【精霊】が【妖精】や【妖精種】を際限なく産ませない為のリソースとタスクへの負荷、生まれてしまった【妖精種】の生態系的なカウンターというところです」



 【竜】が怒りを鎮め大地が豊かになると【エルフ】にも多様性が生まれる。



「精霊への圧力が一時的に弱まったせいで、またぽこぽこ生む悪癖が再発して、計画外に量産されたものが【ダークエルフ過剰生産品】です。肌の色が違うのは識別するための2Pカラーなだけなんですけど、長い年月を経て文化の違う種族っていう認識になっていったみたいですね」



 長命な種である【ダークエルフ】が緩やかに増える現状を憂いた【地母神】は直接【大精霊】の力を奪うべく、【神々】だけで【】を作り遣わせた。



「それがハイエルフ?」

 と、おねーさん。メイドさんがこくりと頷く。



「大精霊の巫女という地位を持ち、精霊と対話し、妖精達を統べる者、自身は大精霊の力を行使します。他の子らからは、あたかも精霊の申し子のように映ったことでしょうね。歴史を遡ってエルフの始祖って言う配置にしました」



「しれっとエグイことするわねぇ」

 目的の為に作られた、半神半霊の創造物。それがハイエルフである。



「まあそんなわけで厳密には精霊の子じゃなく、地母神の子なのがハイエルフのもっとも顕著な特徴ですね。メタ的には一部GM権限持ちなので、この世界に幾つか居る上位種のひとつに数えられます」



「その神側のスパイみたいなの仲間に入れて情報漏洩とかしないのか?」

 少年は懸念してる風でもなく、ただ素朴な疑問として尋ねる。


「ふたつの理由から、その心配は皆無です」

 メイドさんは人差し指を立てる。


「そもそも神は、そんな事細かに世界を監視してません。誰が何処で何をしようがほとんど干渉してくることはないですね」

 次に中指を立て、


「これから会うハイエルフは、当時の地母神…… つまり、私の娘なので信頼できる人物ですよ」

 ………………


「「は?」」

 と、二人の声がハモる。



「この世界の基礎を作ったのは、数多の魔術師たち、つまり私やその同輩たちです。

 冥王 竜王 獣王 精霊王 それを中級以下の魔術師が肉付けをし、下級魔術師が維持管理してます。

 黎明期に私たちがこの銀河に干渉するためのアバターを、リユースしたのが現存する神々です。

 今はスタンドアローンに仕様変更されてるはずですけど」



「ややこしいわね」


「気にしなくても、今回の攻略に支障はないですよ。普通に剣と魔法の世界として見れば、地球での知識だけで問題なく立ち回れるはずです」


「ふーん…」


「……(まあ、そもそも地球の文化をベースにしてるから当たり前なんですけどね)」

 露骨に懐疑的な二人に、メイドさんは胸中で独りごちる。




「そんなことより着きましたよ」

 里を突っ切るようにしばらく歩いた先、開けた場所に出る。



「大精霊を祭る神殿ですね」


 森の中にあって、中空から滝のように水が流れ落ち、地を穿つことなく虚空に消える。それが壁のように連なり、その空間はできていた。


 涼やかだが湿度はなく、過度に熱を奪うでもなく、柔らかに隔絶された異界が展開されている。


 中央に泉がある。それが社であるらしかった。


「その泉の底で眠ってるのが、娘のシーナです」


 メイドさんが微かな所作で合図を送ると、泉が胎動し底に沈んでいたハイエルフが浮かび上がる。


 ずっと眠っていたのか、今も目は閉じられたまま、おそらくは生きてきた時間を何ら変わらずに保ち続けてきたであろうそれは、と同じ格好で水面に浮かび上がった。


 まあ、つまり、全裸である。


「……(なんで全裸が被るんだよっ!)」

 少年は、厳かな雰囲気で強引に誤魔化そうと思ったものの無理だった。


 見た目、十五 六くらいの若干幼さの残る少女が、お股をこちら向けた仰向けの姿勢で現れたのである。距離といい角度といい丸見えである。そう、丸見え……


「って謎の光何処行った!」

 多感な少年は、辛抱貯まらず突っ込んだ。あ、そういう意味じゃないです。ツッコミです。


「えっ!? 要ります!????」

 メイドさんにものすごく力強く返された。


「隣に全裸の痴女がいる時点で、厳かな空気で誤魔化せないんだよ!」

 そう、えっちじゃんとか言う以前に、俯瞰で見た絵づらが無理だった。


 このシュールな一枚絵に、裸一貫で勝手に参加させられているシーナハイエルフの身になって想像するといたたまれない。


「いや、もういい。メイドさん」

 少年はそれだけ言うと、一歩前へ歩を踏み出す。その先は泉だ。


 メイドさんは意をくみ取り、水面を歩くのに適した硬さまで凝固させる。器用に彼の歩く場所だけ。

 少年は大分傷んだ上着を脱ぐと、それを少女に被せ、そのまま抱き上げた。


「おやおや♪ おねーさんの時にはなかった気遣いねぇ」

「え、いりますぅっ?」

 おねーさんに茶化された苛立ちを隠さないままやり返す。


 そんなやりとりが煩かったのか、はたまた人肌を感じたからかは分からないが、ハイエルフの少女、シーナは僅かに身じろぎした後、ゆっくりと瞼を開く。


 来訪者の事は知っていた。ただ、予定よりも早く、また相手も違ったことに違和感を覚える。


「貴方は…?」


 久しく浴びていなかった陽光は、起きたばかりの身には眩しく、誰かに抱かれていることだけはわかるものの、それが知った相手ではないようで困惑する。


「起きたか。下すぞ」

 泉から出た少年は、ゆっくりとシーナを立たせる。その時に上着もずり落ちるが、自分の状態は理解しているのか、すぐさま少女は反応する。


「衣……」

 囁くような言葉に意味があったのか、シーナの身に何かが纏い、それが衣装を形成する。


「ふぅ、よもや人間の殿方がいらっしゃるとは夢にも思いませんでした。知っていたらちゃんと身なりを整えていましたのに」

 と、ちらりとメイド姿の神の化身に視線を繰る。


「どういうことですか? 母様」


「すみません。急遽予定が変わりました。あと、私のことはメイドさんと呼んでください。お忍びですので」

 相手が被造物であろうと、変わらない口調でメイドさんはやんわりと釘を刺す。


「とりあえず、場所を変えます。あなたの家にお二人を案内してください。私は服やら諸々調達してきますので」

 言うが早いか、メイドさんは軽やかな足取りで、それには見合わない速度で遠ざかっていった。



 エルフの長の住まいというには、決して大きくないログハウスに案内される。


 手入れはされ調度品も最低限には揃っているが、およそ生活感はない。実際ほとんど生活実態はなく。歓待するほど大げさではない客を応接する為の施設という方がより実態に近い。


 おねーさんも、寝室にあったシーツを纏っったことで、ようやくひどい絵づらからは脱していた。


 一応、衣類もあったのだが、すべてフォーマルで使用するような織物で、小柄なシーナに合わせて仕立てられていることもあって、間に合わせで借りるのは気が引けた結果だった。


「粗茶ですが…」

 言って出される茶と菓子。


 焼き菓子とドライフルーツに、ほのかに香るお茶。蜜の入った壺と粉末状のミルクだろうか。不純物が多いのかどちらも色味は決して良くないが、味の方は絶品だった。

 上品ではないが、疲れた身体には丁度いい。


「味のある食べ物自体が貴重よね」

「果物もあったけど、ほぼ素材の味だっからな」


 久方ぶりのまともな加工食品を前にしても、がっつくことなく丁寧に味わいつつ世間話に花を咲かせる。


 ただはしゃいで無為に過ごすより情報収集を優先することにしたらしい。と言っても得られるのは他愛ないエルフの暮らしぶりや地域の特色程度のものだったが、右も左も分からない異世界人にとっては、それなり以上に貴重な時間だった。



「お待たせしました。着替えましたら出発しましょう」

 メイドさんが大荷物抱えて軒先までやってくると、着替えの服だけ持って入ってくる。


「慌ただしい子ねぇ」

「ガチで時間ないんだな」


 家族で遊びに行く時の子供のような急かしっぷりに、面食らいながらも二人は立ち上がる。


「って、なーにあの荷物」

 おねーさんは、窓からのぞく荷物の山を見て尋ねる。


「ほとんど換金目的の交易品です。まあ、市場を荒らさない程度のものです」


「ああいうの収納する便利魔法とかないのか?」

 少年も、なかなかの大荷物に面食らいつつ尋ねる。


「ありますけど使えません。あのテの収納魔法や収納アイテムは勇者特権、チートの領域なので運営に筒抜けです」


「てことは、これからはアイテム管理も必要なのか。クソゲーかな?」


「ふっ、ファミコンとかの頃はよくあったし、問題ないわ」

 おねーさんは、訳知り顔でシーツを脱ぎ捨てる。


「だからって、エロ規制まで当時のノリを持ち込むな」

 謎の光役目を終えたとばかりに仕事せず。


「いや、時間が惜しいでしょ。やむを得ないサービスシーンでしょ?」

「俺が急いでないからまったく意味ないけどな! あとこっち股間ガン見するのヤメろ……」

 脱がねーし! 勃たねーしっ!!!



 というわけで着替えもそこそこに、次の目的地へ。


 此処より遥か東。山脈と砂漠を超えた先にある多種族国家【ミルギリア】


「大精霊を利用して転移魔法バグ技で大森林の外に追い出されます。転移門ほど安全ではないので、精神汚染と着地の衝撃に備えてくださいね」


 どう備えればいいのかはわからなかったが、

「おっけー♡」

「はいはい…」

 二人の準備はばっちりだった。というか、三カ月前から何も変わっていない。


 心の準備はあの時からとっくに出来上がっている。

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