第2話 怪鳥の腹の中で
ゲーム界隈では【TAS】と言う言葉がある。
ツール・アシステッド・スピードランorスーパープレイの略称である。
エミュレーターを使い、当該の電子ゲームに対し、速度低下 任意のセーブ/ロード 乱数の視覚化などを行い、そのゲームで理論上可能な動作の限界を追求する手法とその成果物を表す言葉である。
結果として人間離れした動きやスコアをたたき出す競技やエンターテイメントのことであり、時として擬人化してその偉業を語られることもあるという。
メイドさんは、まさにその化身あるいは上位互換とでも言うべき存在だった。
彼女は、この世界を攻略するのに必要最低限の身体能力と魔力を有し、起こるであろう未来を予測して最適な動作をする。
未来予知と寸分違わない精密動作、そしてこの世界の魔法の特性を熟知している彼女と真正面から戦いを挑めば勝ちはない。
メイドさんに攻撃は当たらず、逆にメイドさんの攻撃は易々と命を脅かす。
それをエミュレーターを使わず、リアルタイムに行うのが彼女である。
具体的に言えば、たまたま偶然に飛来した、雑食で丸呑みするタイプの非常に巨大な怪鳥が、三匹の人間とか言う見慣れない動物を、おやつ代わりに平らげて飛び退る。
――なんていう
本来のメイドさんの性能からすればささやかなものだが、それでもこの世界で活動するのに必要十分だと言えた。
そんなわけで、鳥の腹の中。
「要は、意識的なラッ〇ーマンでしょ?」
と、おねーさん。
「です、かね」
が、その無敵ぶりは、彼女がソロであった場合に最大限発揮される。
「私一人なら、転移系のバグを利用して、わりと自由に何処へでも行き来できる予定だったんですけど、それができなくなりました」
先ほどからの説明を聞いていると、この世界はゲームに近い。いや、ゲーム感覚で世界に干渉していると言うべきか。
「魔法って、要は事象改変なのですけど、ゲームのプログラムと同じで、脆弱性をつけば、理論上は人間でもハッキングできるわけですよ」
この世界で一般に使われている魔法は、初級~中級の魔導術式と呼ばれるモノに相当する。
「等級があるのか?」
と、少年。
「はい。まず大別して、上から順に【魔法】【魔術】【魔導】とあります」
【魔法】とは、全能。故にゼロ。そこにあるもの。
「魔法はその存在を定義することも難しいものです。使う/使わない、以前の話ですね。なので一般的に魔法的な事象をすべて【魔法】と呼ぶ習わしになってます」
漫画、ゲーム、映画、音楽などを、ひとくくりに娯楽と表現するのに近い。
魔法と言って想像するすべての事柄が当てはまる、幅の広い言葉だ。
「なるほど」
と、二人。
「次に魔術」
【魔術】とは、意図的な事象改変を意味する。物理法則を捻じ曲げ、結果を改ざんする。その技術や結果を指す。
「私も含めて、神だの精霊だのと呼ばれるものが使うのが、大体コレです。状況に応じてアドリブでプログラミングし、必要なものを必要に応じて形作ります。今の私は使えません。自ら封じてる状態ですね」
メリットは、きめ細かく精密に、かつ非常に強力に、世界に影響する。デメリットは、術者にしかマトモに扱えない汎用性の低さ。
「そこで生まれたのが魔導です」
【魔導】とは、魔術を導く技術。先述した神々がかつて行使した数々の奇跡を、人間のスペックのまま扱えるように再構築して体系化したものを指す。
「雷と電気みたいなものですね。人間では魔術は扱えませんから。界隈では【魔法】は全能 【魔術】は万能 【魔導】は低能 なんてことわざもあります」
故に魔術を扱うものは、必然的に人間よりもすべてにおいて上位の者という考えが蔓延し、結果として神々という概念と繋がった。
「ゲームを作る人。プレイで魅せる人。どちらが優れていると論じるのは野暮だと思いません? 神のそれも、それに等しいんですけどね」
メイドさんは嘆息する。
「ま、そんなわけで、この世界の魔法は【魔導】というものなわけです。そんなところで【魔術】を使うと、ソッコーでこの世界の管理者にバレます」
この世界のレギュレーションに則して最適解を得る手段として【TAS】を選んだ。
「魔術使うとなんかマズいの?」
と、おねーさんが尋ね、
「甚だマズいですねぇ」
と、メイドさんが返す。
神にも等級が存在する。
「優劣というより、そういう役割というだけなんですけど、それ故にあまり融通が利きません」
この世界の神、地母神や邪神は、日本における町の役場の窓口担当のようなものに相当する。
「この世界の【管理者】でも、せいぜい市長と言ったところでしょうか。で、私なんですけど……」
ここでいったん言いよどむ。
「……かなーり控えめに言って、
ステイツのプレジデント
――とか言っているようなものです、かね?」
テヘってメイドさんは舌を出す。
「セイ〇さん欲しいからア〇ゾン感覚でポチるとか、ヤベーわね。ドナルド…」
ハハッと笑う、おねーさん。
「しれっと超大国と夢の国に同時に喧嘩売るのやめろ」
と、少年。
実際、そんなことが起きたら、役場の人も固まるだろう。神々も似たような事態になる。
「即座に平服して権限を明け渡してくれれば、私が成り代わってしまえばいいんですけど、そうはならないでしょう。一時的にせよ機能停止を選ぶ公算が高いです」
一時停止と言っても、無限を生きる神の感覚での話である。何千万年先の話か知れない。そして、神の加護と魔法によって築かれた世界で、それは終わりを意味する。
「そもそもこの銀河は一度滅んでますから、二度目があっても驚かないでしょう。この世界の維持と私と揉めるのとでは、まるで釣り合わないと考えるでしょうね」
メイドさんはこともなげに言う。
「とはいえ、私が【魔術】を行使するとしたら、お二方の生命が明確に脅かされる場合に限られますので、早々起きませんよ」
「ん?他の連中は死んでもいいのか?」
と、少年。
「はい。彼らは厳密には死にませんので。生き返る手段が用意されてます。勇者様特権です。これくらいの福利厚生は標準ですよ」
「それ、おねーさんらには付いてなかったけどね?」
「あはは、そうですね。お二人ともこの世界の加護を一切受けていないので、なんなら魔法も使えないですし…」
「!?」
「!?」
メイドさんの衝撃の発言に、二人が固まる。
「え…… おねーさんたち、魔法使えないの?」
「はい。魔力が設定されてませんから……」
メイドさんはこくりとうなずく。
どうやら、想像以上にハードモードだったらしい。スキルなし、魔法なし、予備知識なし、残機はゼロ。あるのはメイドさんというボム…… いや、メガクラッシュの方がより正解に近いか。
「魔法の世界なのに……」
おねーさんがわなわな震えている。
純粋にがっかりしているというのもあるだろうが、裏ではもうすでに別の事を思考しているに違いない。
「……(絶対ろくでもないこと考えてるんだよなぁ)」
と、少年は胸中でひとりごちる。
さすがに三カ月も生死を共にしたわけではない。あの女はメイドさんより遥かにヤバい。
「ふーん……、まあいいわ」
おねーさんは意外にもあっさりと受け入れ、引き下がる。
と、もちろんそんなわけはなく、今この瞬間に、このゲームの難易度がベリーハードからルナティック++あたりに変貌したことに、誰も、当のおねーさんすら気づいていない。
「話を聞いてて、この世界をどう攻略するかは、だいぶ見えてきたしね」
「まあ…… そう、だな」
おねーさんはふふんと鼻を鳴らし、少年も静かに頷く。
「まだほぼ何も教えてないのに早いですね」
と、素直に驚くメイドさん。
「とはいえ、すり合わせは必要なので、私から最低限の情報は伝えておきます」
おほん、とメイドさんは一泊置き、
「まず、ラスボスとして三体ほどこちらで
意図されて配置された半ば強制イベントとして現出する三つの災厄。
まず、転生勇者の前に立ちはだかる公式の敵【邪神】
「単体激強設定です。そこに存在するだけで呼応して魔物が発生しやすくなる特性を持ちます。特定の条件下で復活し、条件で数段階強化されます」
次に最強の戦略級レギオン型の
「多数のNPCを配下に持つ王というロールプレイしてるプレイヤーです。現時点においても、十分に育てた戦闘特化型の転生勇者や、一騎当千の英雄が数人程度では勝負になりません。時間で勢力が拡大し、版図を広げるごとに強化されます」
最後に、この世界の神々より高次の存在とされる天空神【管理者】
「言わずもがな、チート連中を生み出した張本人。真のラスボスという立ち位置になります。この子に関しては問答無用でぶっ飛ばしていいです。お尻は私が持ちますのでご随意に」
最後だけほんのり感情的だったが、確かにラスボスと言っても差し支えないメンツが揃っているようだ。
「おー! 盛りだくさんね」
「さっき市長呼ばわりされてたのが、ラスボスの筆頭なのか…」
「順当に、この世界から一柱。チート勢から一人。諸悪の根源もついでにシメちゃいましょうという欲張りプランです」
メイドさんは自信満々に胸を張る。
「どれも既に手遅れレベルの強キャラなので、こちらも早急に対抗手段を用意する必要がありますね」
「要はあれでしょ、バケモンにはバケモンぶつけんだよ!ってやつ」
「身もふたもないな」
「他は努力目標というか、まあ、なんでもアリではあるんですけど、一応ご説明しておきますね」
この
・転生者の帰還で現地民に支障が出ないよう各地(時代)のレイドボスの討伐、またはイベント発生の阻止。
・文化汚染に繋がりかねない異能者による世界への過度な干渉の抑止。
・ラスボス級への対抗として、戦力化する異能者の選定、勧誘、強化。
・ラスボスの撃破または調伏。
・少年 おねーさんの生還。
「あらあら、やることいっぱいねぇ♪」
「深く掘り下げるまでもなく時間も手も足りないな」
「はい。ですのでチュートリアルもかねて、一人チート勇者さんを加入させるつもりです」
「そうなんだ」
「はい。放っておくとこの世界への悪影響が大きいので、味方に引き入れて無力化しておきたいというのもあります。あとは移動手段の確保も急務ですね」
移動手段は、現段階での最大のネックである。
偶然通りかかった怪鳥に、偶然捕食されて、運ばれた先が偶然目的地、なんてことがそうそう起きるハズもない。
「そもそもこの子遅いですしね。せめて音速くらいは超えてもらわないと今後は厳しいです。と、あ、そろそろ着きますね」
ほぼジャストのタイミングで目的地らしい。無駄話込みで最低限の説明を完了させる手腕は、さすがは
「なんだっけ? 【転移門】とか言うのに向かってるのよね?」
おねーさんが尋ねる。
「そうです。この世界の管理者とは別の魔術師が作った、大型輸送用の魔術装置です。SFとかでわりと見かける固定型の大きなワープ装置みたいなアレです」
一般的には、遠く離れたA点とB点を安全かつ一瞬で航行する為のよくわからないオーバーテクノロジーの塊である。
「どこにでも設置されてるわけではありませんし、あまり頻繁には使えない手ですけど、転移先を指定して(※通常はできません)ハイエルフが居るエルフの里付近に跳びます」
「それは【管理者】にバレないのか?」
少年が尋ねる。
「元からあるものな上に、管理者が管轄する魔法ではないので大丈夫です。ただ、何度も起動させると不審に思われる可能性は大きいですね」
転移先の指定と輸送すべき物体を細かく指定(※通常はできません)し、あとは【転移門】自体に隠蔽処理を施して怪鳥に気取らせなくする。
「と、こうしておけば、門を通過した時点で、鳥さんはそのまま飛び去り、私達は目的地に到着する、というわけですね」
言うが早いか、瞬間的な喪失感のあと、景色が一気に開ける。
三カ月と少し、ようやくとスタート地点。【始祖の森】エルフの里付近に到着した。
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