初の出会いは恐怖から。俺、剣聖に落とされてしまいました。

飯塚ヒロアキ

第1話 剣聖ミーリアと俺

 俺はどこにでもいるような駆け出しの冒険者だ。革の鎧と錆びた長剣を片手にダンジョンへと挑む。


 無謀って? 俺だってそう思うさ。だけど、そんなのはどうでもよかった。俺はただ強くなりたかったんだ。有名になりたかった。


 冒険者ギルドの掲示板に張り出されているランキング表を見上げる。


 上から順番に見て、いつも同じ名前が目に入る。『ミーリア・シュタットフェルト』っていう名前の女だ。


 隣で同じように掲示板を見上げて、冒険者の男たちが感嘆した声を漏らす。


「おいおい。また、ミーリアかよ。なになに、今度は30階の階層主『憤怒のケンタウロス』を討伐に成功かよ。マジやべーな」


 どれくらいやばい、かというと30階層を突破できた者は一人もおらず、ボス部屋の扉すら開けることができないほど、魔物が強力で、数えきれないほどの挑戦者を屠ってきた。


「今月だけですでに四回も攻略してるぞ」

「ソロでよくやるよ」

「確かパーティーメンバーを募集しているらしいじゃないか?」

「あぁ、あれ? 募集人数1名のやつだろ? 30人くらい応募したらしいが全員落ちたらしいぜ」

「へぇ……」


 別の冒険者が混ざってきた。多くの冒険者たちは顔見知りで、お互いに助け合って、生計を立てていることが多い。


「なぁそれより、あいつ、公爵家のご令嬢なんだろ?」

「うぇ。マジか! 公爵家って言ったら王国最強の一角じゃん!」

「だよなぁ。公爵家がバックについてるとか反則だわ……」


 男の一人がため息交じりに言う。


「公爵家ねぇ。お近づきになりたいもんだ。金には困りそうにないし、貴族の仲間入りなんてな」

「おい、やめとけ。近づいた瞬間、殺されるぞ」


 最近では、ゴブリンの一団を赤子まですべて皆殺しにしたとかいう噂もある。


 俺は男たちの会話を聞きながら、掲示板から目を離した。


 一度だけ、ダンジョン内で彼女の姿を見たことがあった。


 薄暗いダンジョン内を一人で疾走し、現れた魔物を次々に薙ぎ払っては、突き進んでいく。


 その姿はとても美しく、そして、圧倒的だった。彼女はまるで風のようだった。


 彼女は冷徹だった。周りにいる冒険者が魔物に襲われていても、殺されそうになっていても、見向きすらしない。


 彼女にとっては目の前で冒険者が死んでもどうでもいいのだろう。


 ただ、ひたすら前へ前へと進むだけだ。まるで感情のない機械のように……殺戮を繰り返す。


 白銀の髪が真っ赤に染まり、返り血を浴びてなお、美しいままで、その小さな唇には笑みを浮かべていたように見えた。恐怖を感じた。あれは人間じゃない。人の形をした何かだと思った。


 彼女とすれ違ったとき、一瞬だけ目が合った気がしたが、俺は動けなかった。視線だけで殺されるんじゃないかという錯覚を覚え、足がすくんでしまったのだ。


 すれ違った時のあの流し目は今でも鮮明に覚えている。脳裏に焼き付いて離れない。


 眺めていても、今の現状は何も変わらない、そう思った俺は冒険者ギルドを後にした。


 

(……今日こそは、絶対に攻略する)

そう心に決めて。


♦♦♦


――二ヶ月後。


 俺は地下ダンジョンの10階層階層主キングスライムを苦戦しつつもようやく倒すことができた。倒したキングスライムの核となる魔石を回収し、今日の目的を果たしたため、地上へと撤退することにした。


 階段を上がっていき、すれ違う冒険者たちへエールを送りつつ、地上に出ると外はすでに暗くなっており、星空が広がっていた。


 横腹がズキズキと痛む。打撃を受けた場所がひどく腫れ上がっている。


 10階層までの魔物なら俺でもなんとか倒せるようになった。だが、それ以上になると話は変わってくる。今の装備のままでは歯が立たない。新しい武器が必要だ。駆け出しの冒険者に買える値段のものではダメだ。もっと強い武器もいる。


 そう考えながらも今日は自分のご褒美だと街にある酒場へ足を運んだ。

酒を飲み、料理を食べ、知らないおじさんたちと騒ぐ。いつもと同じ行動パターンだ。


 そんな出来上がっていたとき、突然、背後から声をかけられた。


「隣いい?」


 この時間、酒場は大盛況で、混み合う時間帯。俺の隣がちょうど空いていたようだった。


 断る理由もない。


「あぁいいよ!! どうぞ!!」


 椅子に置いていた自分の荷物をどかした。


「ありがとう」


 小さくお礼を言った少女は隣に座る。


 肩にかかるくらいの長さの白銀の髪。後ろ髪は束ねていた。凛とした顔立ち。どこか気品があり、高貴な雰囲気を漂わせている。そして、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。年齢は同じくらいだろうか? 服装は上品な白いドレスに身を包んでおり、腰には細身の剣を携えている。


 俺は思わず、彼女の一挙手一投足に見入ってしまった。横顔はまるで、女神のように美しかった。そんな彼女が視線に気が付き、顔を向けてきた。


「なに?」

「いや、なんでもない」

「……私の顔に何かついている?」

「えっ? あぁ、いや。どこかで見たことがある顔だなーって」

「ふーん」


 彼女は店主を呼んで、蜂蜜酒を頼んだ。


……本当にどこかで見たことが顔だけど、どこでだろう?


 思い出せなかった。とりあえず、見入ってしまったことを謝ろう。


「ごめん。ジロジロ見てしまって」

「べつに」


 彼女は興味なさげに返事をして、店主から出された蜂蜜酒の入った木のジョッキに一口つけた。


「貴方は見たところ冒険者?」

「おう、そうだよ」


 それに店主が横から入ってきた。


「こいつ、10階層のキングスライムを討伐したんだとよ! すげーだろ」

「……そうなんだ。おめでとう」


 彼女は首を少し傾けて、微笑んだ。


「んで、俺はここで、自分のご褒美に酒を飲んでるってわけ。せっかくだし、奢ってやるよ! 俺は今日、気前がいいんだ」


 よっ! 大将太っ腹! と店の奥から誰かが声を上げた。それに応えるように手を挙げる。


「んで、なに飲む?」

「じゃあ、エールで」

「あいよ」

注文を聞いた店主は厨房の方へと引っ込んでいった。

「あんたも冒険者なんだろ? 何階まで行ったことあるの?」

「私は……まぁそこそこかな」


 そういうと彼女は視線をそらした。その反応に察した。


 ふむふむ、なるほど。か弱い女の子だ。さぞかし、階層攻略に困っているのだろうと俺は思った。


「よし! 俺が力を貸してやろう!」


 俺は胸を張ってそう宣言する。すると、彼女は驚いたような表情をした。


「貴方、優しいんだね。見ず知らずの私のために手伝おうだなんて。じゃあ、今度、ついてきてもらおうかな?」


 彼女は俺の目を見て、そう答えた。


「おう! 任せてくれ!」


 俺は自信満々にそう答える。


「じゃあ、よろしく」


 彼女はそう言って、また、笑顔を見せた。


……おっ、笑ったら可愛いじゃないか。


 店主がエールを持ってきた。


「ほれ、お待ちどうさん」

「ありがとう」

「どうも」


二人で同時に礼を言う。


 俺は調子に乗って、ジョッキ一杯のエールを一気飲みする。飲み切ったとき、俺の記憶はすっ飛んだ。


 それからすぐに意識を戻したが、誰かが俺の肩を担いで、歩いているような気がした。頭が痛い。ガンガンと響く。視界がぼやける中、必死に状況を確認しようとする。


「うぅ……」


 ここはどこだ? 一体、何が起こっている?


「目が覚めた?」


 そう声を掛けられる。視線を向けると真横に女性の顔があった。整った顔立ちをしている。酒場で隣の席に座ったあの長い白銀の髪が特徴の少女だった。


 気が付けば、いつの間にかベッドに横になっていた。身体を起こす。


「あれ? なんでここにいるんだ?」

 

 酒場にいたはずが、どこかの一室にいるようだった。見た限りでは宿屋のように思える。


「覚えていない?」

「えっ?」

「私が連れてきたんだけど」

「えっ!? どういうこと?」

「貴方、酔っぱらって倒れたから」

「あっ……そういえば」


 徐々に記憶が戻ってきた。


「ごめん……なんか、やらかしてない? 俺、全然、記憶なくて…」

「大丈夫。ちょっと面倒なことにはなったけど、問題はない」


 俺はまったく記憶がないので、恐ろしかった。ほんとうに何もしていないのだろうか、と。


 でも、もし、そうだったら、今頃、彼女は目の前にはいないか。うん。と自分に言い聞かせる。


 後ろ頭をポリポリと掻いた。


「迷惑かけたみたいで悪いな」

「気にしないで」


 彼女は優しく微笑んだ。


「さて、私はそろそろ帰るね。今日は楽しかった。また今度、どこかで」

「いや、こちらこそありがとう。こんなに親切にしてもらって」

「別に問題ないわ」

「ほんと助かった。じゃあ、気を付けて帰ってくれ」


 彼女は小さく頷く。それから立ち上がり、部屋を出て行った。ガチャリと扉がしまった音がした。

「ふー」


 俺は大きく息をつく。そして、もう一度、ベッドに横になった。まだ頭痛が残っている。部屋の中には、彼女の匂いが残っていた。


「あ……名前……聞きそびれてしまった。それにしても彼女、可愛かったなー……一目ぼれしちゃった」


 俺はそんなことを呟いて、眠ることにした。



♦♦♦



 次の日、目を覚ます。窓から差し込む朝日が眩しい。俺は伸びをして、立ち上がった。


 昨日のことは夢じゃないよな……? と思いつつ、身支度を整え、宿を出る。

冒険者ギルドの会館へ足を運んだ。


 中へ入ると会館内ではちょっとした騒ぎが起きていた。


 掲示板に群がる冒険者たち。一体何事かと人垣の中に入り込み、張り出された書面に視線を送る。


『剣聖ミーリア・シュタットフェルトがパーティーメンバーとして、レオン・シュナイザーを参加することを認める』


 そこには確かにそう書かれていた。俺の名前がしっかり載っている。


 ……同姓同名? なんだこれ……?  俺は頭を抱えたくなった。いったい何が起きているんだ。


 冒険者ギルドの会館の入り口でわざつく。視線を向けるとそこには騒動を巻き起こした張本人である白銀の長髪をした少女が現れた。立派な鎧に身を包み、マントをなびかせる。しっかりとした足取りで俺の方へと向かってきているようだった。俺は目が合った。慌てて、視線をそらす。そのまま足早にその場を去ろうとしたのだが……。


「おはよう」


 背後から声をかけられた。振り返ると彼女が立っていた。剣聖ミーリアはまっすぐに自分を見つめている。


「お……おう……おはよ……うございます」

「昨夜はどうも」

「いえ、こちらこそ……」


 俺はぎこちなく答える。この瞬間、酒場で見覚えがある顔だと思ったのは気のせいではなかったと確信した。


「なんで俺をパーティーに?」

「昨日、貴方が言ったじゃない? 俺を加えろって」

「ああ、なるほど……言った気がする」


 それは酔っぱらっていてもはっきりと覚えている言葉だった。


「改めて自己紹介するわね。私は剣聖のジョブを持つ者。名前はミーリア・シュタットフェルト。よろしく」

「知ってる……」

「死ななようにね」

「えっ?」

「私についてきて、死ぬんじゃないよってこと」

「あぁ……」

「じゃあ、さっそくだけど、40階の階層主を倒しに行くとしましょう」


 俺はその瞬間、死を覚悟した。


 この時から俺は一番最初に出会ったときの印象がガラリと変わってしまい、彼女の行動一つひとつが俺の心を揺れ動かしてくる。



♦♦♦

 


 俺の目の前で、ミーリアが銀線を走らせた。真っ赤な血が俺の顔に飛び散る。驚きのあまり、尻餅をついてしまう。


「うわっ!?」


 思わず叫んだ。


 40階層主キメラが横たわり、痛みにもがき苦しむようなうなり声をあげていた。獅子の首元に剣先を突き立てた。


 動かなくなったキメラを見て、つぶやく。


「これで、終わり」


 彼女はそう言って、剣の血を払う。俺は唖然としながら、それを眺めていた。


「大丈夫?」

「あ、あぁ。うん」

「これで私たちのレベルが上がる。貴方もレベルが上がったはず」

「え?  あ……うん」


 ステータスを確認する。すると一気にレベルが10段階も上がっていて、さらには


「まじか……」


 自分のスキルに新たな項目が追加されていた。『純愛』という謎のスキルにはもはやニヤけてしまう。


 なんのスキルを獲得したのか聞かれたが、適当に俊足と嘘をついた。


 ミーリアがよかったね、と言いながら歩み寄ってきた。すると俺の頬に擦り傷を見つけた瞬間、立膝を立てて、顔を近づけてくる。


「あれ、ケガした?」


 俺の顎に手を当てて、首をくいっと持ち上げると覗き込んできた。なぜか、俺の心臓が異常に激しく鼓動する。


……え? 何このシチュエーション? 逆じゃね普通?


「血、出てない?」

「あ、あぁ……いや、大丈夫」

「そう。ならよかった」


 彼女は手を離すと、キメラの死骸に近づき、魔石を抜き取った。そして、俺に向き直る。


「さて、帰りましょうか」


 振り返ってくる姿に見惚れてしまう。あんなに怖かった存在なのに。今ではすべての行動が美しさがある。チラつく首筋。細い肢体。色白の肌。大きな瞳。まつ毛長いし。


「そ、そうだな」


……うん。俺、確実に惚れさせられてる。あの顎くいってされて、あっ、てなったなんて、恥ずかしすぎて誰にも言えないだろ。


 女々すぎる。てか、俺、女子かよ。


 俺、多分、剣聖に恋しちゃいました。――――完(続くかも?)

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