喧嘩するほどトムジェリ
美浦のトレセンには北馬場と南馬場があり、北馬場ではダートコースと障害のコースが設置されている。俺たちが普段用事があるのは平地のコースがある南馬場ばかりなんだけどね。
今回はロドピスを預ける関係で天王寺先生に厩舎を借りる最終のお願いとともに、来日して二週間後に来日するロドピスの鞍上を資料の上だが説明しに来たのだ。
とはいっても、天王寺先生の過去の預託馬はレアシンジュなどの牝馬で中距離までの平地がほとんどで障害などはまったくといっていいほど手をつけたことがなかったタイプの調教師である。なので、美浦への預けは極限まで遅らせて桜花牧場で騎手ともども調教を積んで行くことにした。
つまり、天王寺先生はただの名義貸しである。本人曰く貸しはこれでチャラだそうだが、大障害でロドピスが勝ったら名声があがって逆に借りが増えるのでは? ボブは訝しんだ。そもそもどの貸しだよ……?
天王寺先生に資料を渡して、来日する騎手の来歴書を見せたが障害に明るくない彼のデータベースには引っかからなかったようで、顔だけ覚えたと言われて話は終了した。後ろで新田騎手が苦笑いをしていたのは御愛嬌。足立騎手が感染症で騎乗できなくなったので、マイルチャンピオンシップでオウカファーストに騎乗することになったラッキーボーイも先生の前では縮こまるのだ。
打ち合わせも終えたので、天王寺先生と俺と新田騎手で美浦トレセンの厩務員食堂へ向かう。実は厩務員食堂は昼食の時間だけ一般の人でも利用できるのである。
「俺は生姜焼き定食にするかぁ」
「俺は唐揚げ定食の大盛りにしますよ。新田さんは?」
「……うーん。朝定食にします」
朝定食とは十二時半までに注文できる日替わりで、今日の朝定食は茄子揚げだとホワイトボードに妙に歪んだ手書きで書かれていた。
「揚げ茄子かぁ。カロリー大丈夫?」
「良治はちと体重落としすぎたから今週はそこそこ食わないといけないんだよ。栄養失調気味だって医者にも言われてたしな」
「え? 大変ですね。死ぬほど効くサプリを無理矢理食べさせましょうか?」
「鈴鹿さんの死ぬほど効くは比喩じゃないのでやめてください……!」
死ぬほど効くだけで死ぬわけじゃないからセーフ。ドーピング検査にも対応してるよ!
そんな戯言はさておき、すぐに提供された定食を受け取って空いているテーブルに着席する。三人でいただきますと言って食事を開始した。
大きな塩鶏唐揚げを箸で割って頬張る。うん、定食屋の唐揚げってなんで美味しいんだろね。
「鈴鹿さんって本当に美味しそうに食べますよね」
「美味しかったら自然と笑顔になるものだよ」
「桜花島ってご飯美味しいじゃないですか。それに比べると……ってなったりしないんですか?」
「ははは、ならないよ。俺だっていつも出荷用の高級肉食べてるわけじゃないしね」
「なんだ、鈴鹿さんでも毎日って訳には行かないのか」
「そもそも生産数に対して需要が膨らんできてるんで、桜花島の人でも口にするのは難しい状況になりつつあるんですよ。今では酪農の牧場が馬産牧場の数倍規模になってます」
二人は俺の言葉に、へぇと短く返す。ここらへんは実際に島に来ないと絶対にわからない情報だからなぁ。
「はー、鈴鹿さんは商売が上手いなオイ」
「万年リーディングギリギリ調教師とは一味違いますね」
「はっはっはっ、良治おまえぶっ殺すぞぉ?」
こめかみに青筋を浮かべながら天王寺先生が新田騎手の頬を人差し指でグリグリと押す。新田騎手もへらへらと笑って「いてて」と言っているので本気ではないじゃれ合いなのだろう。あれだ、山田君と俺のやりとりみたいだ。
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