ロドピス

 久々に会ったロドピスは馬体が大きくなっていた。成長しきる前にイギリスへ渡ったんだから当たり前ではあるんだが。

 凱旋島の隔離厩舎で長旅の疲れを癒しているロドピスに口笛を吹いて呼びかける。馬房内で横になっていたロドピスはスクリと立ち上がって馬房の柵から顔を出す。俺はスマホを取り出し、ロドピスと一緒に自撮りをしてオリビアとのチャットツールに添付する。一日一回の体調連絡を兼ねてのものなので文章でロドピスの様子を追記することも忘れない。


『体調良好、飼い食いも良しで輸送疲れは感じられない。念のためにサプリメントを配合した給餌を夕飼いにて行う』


 現在朝の九時。イギリスは夜中の一時なので連絡は数時間後だろうと思っていたら、数分ほどして通知音が鳴った。


『了解。セイジに任せてると楽でいいわ』

『そう言ってやるなよ。親父さんはまだ?』

『ええ、想像以上に心のケアが必要みたいで休養中よ。おかげで厩舎の管理スケジュールにガッポリ穴が開いててもう大変』


 ウィルさんは一人で調教スケジュールを組むタイプの調教師だ。サポートのメンバーがフォローするにしても上手くいくわけがないと簡単に想像できる。


『どうにかなるのか?』

『するしかないわよ。ウチが倒れて百七十近い馬が他厩舎に預託されるなんて事態はイギリス競馬が麻痺しちゃうもの』

『そりゃそうだ。大御所は気楽に休めなくて大変だねぇ』

『そのおかげでいい暮らしができてるんだもの。ちょっとの間踏ん張るぐらい頑張るわ』


 その言葉を最後にお休みの挨拶とよくわからない微妙なデフォルメの顔をした猿のスタンプが送られてきた。なんだこのモンキー。


「お前の先生は独特なスタンプ使うねぇ」


 ロドピスの鼻先を撫でる。やけに鼻先近くの俺の手を舐めようとするので馬用のおやつクッキーを差し出すと、案の定勢いよくかぶりついた。シンデレラはお腹が空いているらしい。


「あ、社長」

「助手君じゃないか」


 最近山田君から広報課トップの座を引き継いだので既に助手ではなくなった助手君が厩舎の中にやってきた。右手にカメラを持っていることから広報で使うロドピスの写真を撮りに来たのだろう。

 ちなみに山田君が広報のトップから外れたのは馬狂いがヤバいとかのネガティブな意味合いなどではなく、桜花島全体のアンバサダーとして島全体の産業を広める役職についてもらった。桜花牧場はともかく、桜花島の技術者たちには発信する機会が少ない。島全体で利益のベースをあげないとどこかで歪みが出ることは想像に難くないので山田君に音頭をとってもらうための異動である。

 ああ見えて山田君は仕事ができるのだ。……仕事はできるのだ。


「助手君はサイトに載せる写真を?」

「はい。今日は雲も少ないのでいい写真が撮れそうです」

「じゃあ、放牧場に出そうか。疲れもないようだし少し運動させよう」


 準備をしてロドピスを馬房から出すと、やはり窮屈だったのか上下に身を動かしてノリノリで厩舎の外に出ようとする。どうどうと落ち着かせながらゆっくりと凱旋島の外れにある独立放牧場にロドピスを連れていくと、そこには放牧場を整備している柴田さんが道具片手に休憩していた。


「お疲れ様」

「おお、ちょうどよかった。放牧場の整備が今しがた終わったんで連絡しようと思っていたところです」

「ありがとう。綺麗になったねぇ」

「人手の都合上、こっちの独立放牧場は手入れを後回しにしてましたからね。砂も新しいものに変えているので気に入ってくれるでしょうや」

「だってさ、よかったねロドピス」


 行っておいでと放牧場の柵を開けて彼女を放すと、勢いよく砂のほうへ駆けていき全身にその砂を浴びた。うーん、楽しそうでなにより。


「……写真を撮りたかったんですけどね」

「お姫様は我儘なものさ。洗ったら連絡するよ」

「よろしくお願いします……。まぁ、これはこれで」


 助手君はパチリと全力で砂まみれになるロドピスを写真に収めて一言。


「ロドピスの名前に相応しいのかもしれませんけどね」


 

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