菊花賞前
牧場のシミュレータールームを少し片づけ、真っ白な壁面にプロジェクターで菊花賞前の映像を投影する。普段と違う場所での観戦なのは三冠がかかっているということで島内外からのお客さんを招こうと広報部が進言してきたからだ。ちなみに勝っても負けても、このあとホースパークに移動してバーベキューをする。参加費千五百円なり。
皆が騒ぎながらアルコールやらお菓子やらを食べている中、俺はプロジェクター付近で腕を組んでパイプ椅子に座り、ジッと菊花賞の前にあるウルトラプレミアムの映像を見ていると、俺の隣に尾根さんが座った。
「ねぇ」
「なんでしょう」
「ウルトラプレミアム競走ってなに?」
「ウルトラでプレミアムなんですよ」
「不毛な返答すんな」
尾根さんのケリが俺の左ふくらはぎを襲う。
そんな俺と尾根さんのじゃれ合いを見て、プロジェクターなどの準備を終えた助手君が苦笑しながら答える。
「本当にウルトラなんですよ」
「なに? 三分かかったら負けってこと?」
「いや、カラータイマーの話ではなく」
ウルトラなマンの話題になりそうだったので、ウルトラプレミアム競走について尾根さんに説明をする。
「簡単に言えば、プレミアム競走は払戻額が増える競走ですよ。本来競馬は投票形式によって配当率が変わるんですが、それが全て八〇パーセントに固定されます。これがスーパープレミアム。そこに五パーセントの上乗せが追加されるのがウルトラプレミアム競走。ま、還元率があがった競走ってことですね」
「へぇ。競走の下にレアシンジュカップって副題があるのは?」
「名馬の名を冠するレース名が付くらしいです。来年もウルトラプレミアムは行われるそうで、レジェンも使っていいかどうか打診が来ました」
「ふぅん……もしかして競馬って盛り上がってるの?」
「某アプリゲームのおかげでパチンコから競馬に流れてくる人が増えたみたいですよ。今年もこのままいくと過去最高の収支になる予定だとか」
「博打のパイの食いあいってことね」
「その通り」
ホットコーヒーを啜ってサムズアップを尾根さんに送る。
「それで? リドルは勝てそうなの?」
「毎回俺に勝てるかどうか聞いてきますよね尾根さんって」
「わかってるやつに訊くのが一番だもの」
もっともである。しかし、それを予測するのが競馬の醍醐味なのであってね。
まぁ、我が牧場の女性スタッフは競馬に興味がない人ばかりだからこればっかりは仕方ないか。
「以前もいいましたが、旗色はかなり悪いですよ。設備を使って特訓をしましたが、やはり3000メートルは距離が長すぎます。加えてライバルに長距離血統のメグロが出ますからねぇ。結局のところはリドルの気力次第です」
「でも坂路に設置したよくわかんない機械で距離伸びたって言ってなかった?」
よくわからない機械ではなく、俺は坂路のある施設へ酸素調整用のマシンを設置したのだ。登山家などが低酸素状態に慣らすために使用するものをちょちょいっと改造してもらってリドルの特訓に使用したのである。
「伸びましたよ。2800ギリギリから2950までね。ようは菊花賞で戦えるギリギリの土壌に立っただけ」
「ええっ!? 坂路を勝手に改造して沙也加に蹴り食らってそれだけなの?」
「そうです。完全に走り切れるスタミナはつきませんでした。というよりもあれが彼の心肺機能の限界ですね。身体能力的にこれ以上伸びしろがないです」
「……ん? じゃあ残りの50メートルはどうすんのよ」
「リドルの気合で補うしかありませんね」
当然でしょうと小馬鹿にした表情を作って尾根さんを煽る。彼女は流れるように俺へ目つぶしをしたのだった。
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