フランス戦の行方
フォワ賞勝利。フランスで羽根を伸ばしている山田君からのチャットで速報が飛んできたことを厩務員室の皆に告げる。一瞬の硬直の後、全員が全員飛び上がってハイタッチなどを繰り返す。ショートはこれで凱旋門賞に確定で出走できることになった。もっともあれほどの戦績なら抽選対象になる対象にはならなかっただろうがね。
「これで残る心配はヴェルメイユ賞に出るサンブルエミューズですか」
「ちなみに柴田さん、現地は先ほどから大雨だそうです」
「おぉ……もう……」
フォワ賞とヴェルメイユ賞は同じパリロンシャンでレースが行われる、しかも同日に。山田君曰く、フォワ賞のゴール直後に突然強風を伴った大雨が降りだし、一時的にレースを中止しているとのこと。エミューズの呪いは海外でも通用するらしい、南無。
「まぁ、こんなこともあろうかと雨用の蹄鉄にしているらしいので」
「こんなことが無いほうがいいんですけどね」
それはそう。
「しっかし、エミューズはヴェルメイユ賞でよかったんですかね。いくら優先出走があるとはいえ」
「フォワ賞で枠食い合ってもしょうがないしね。譲れるエミューズがレースをずらすのはアリだよ、同じクラブなんだからさ」
デスティナシオンフランス制度。安田記念およびヴィクトリアマイル両競走の上位馬に対して、フランスで行われるジャック・ル・マロワ賞とムーラン・ド・ロンシャン賞、優駿牝馬オークスの上位馬にヴェルメイユ賞、これらの優先出走と出走登録料の免除に輸送費補助サポートが受けられる制度のことだ。クラブ馬である以上、経費は抑えるほうが望ましいからな。エミューズは雨女である、悲しいかな、それで勝利を逃してばかりだからな。実は遠征に掛けられる経費がそんなにないのである。リドルは余ってるぐらいなんだけどね。
しかも牝馬優駿にかけられた優先出走は二〇二〇年に取りやめになり、最近また復活したものであり、その点においてはエミューズは運がよかったと言える。
「あ、小雨になったからレース再開するみたい」
「田んぼみたいになってますけど」
「海外レース場ゆえ致し方なし」
ゲリラ豪雨が襲撃してきたのに一時間後には水がはけてる日本のレース場が異常なのである。
「ふふ、柴田さん。吉騎手が信じられないぐらい嫌そうな顔してますよ。ほら見て見て」
「そりゃこの馬場じゃ出走するのなんて嫌でしょうよ」
「女王陛下に名指しで同行を命じられた俺のことを爆笑してましたからね、いい気味ですよ!」
「鈴鹿さん、一応エミューズに騎乗する味方なんですよ……」
「それはそれ! これはこれ!」
ボソリと柴田さんがダメだこりゃとぼやくが、俺にとってはそれどころではない。トリッターでクッソ嫌そうな顔で草と呟いてやる。
「肖像権てのがあってですね」
「身内だからセーフ!」
「アンタの倫理感はガバガバでアウトですね……」
やられたらやりかえすんだよ! 帰国したときにまとめサイトで話題になっていることを知るがいい、ぐへへ。
「それにしても、八頭立てとはいえエミューズには酷な馬場ですね。雨嫌いなのに」
「そうでもないんだよ」
スマホをポケットにしまう俺の言葉に柴田さんが疑問符を頭に浮かべる。
「と、いいますと?」
「今回の蹄鉄はあの合金をシャープネスに仕上げてるから芝に食い込む形になってるんだよね。乾燥して硬さが残った芝だと脚に負担がかかるけど、今回みたいに雨で地が緩んだ芝なら粘土を掘るみたいに軽やかな足取りで動ける。脚運び的にはイーブンに持って行ってるはずだよ」
「なるほど、海老原先生も考えますね」
「蹄鉄師の入場さんに頼み込んでサンプルめちゃくちゃ打ってもらったみたいだからねぇ。中央だと制限が厳しいから、蹄鉄内にここまでの自由はないけど外国なら別だから入場さんもたのしんでたようだけど」
「やっぱ変人多いですね競馬界……」
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