どっきりびっくり大発表

「引退式の要請、ねぇ……」

「うん、ファーストとサードとショートを合同で。有馬の日にね」


 中央としても、桜花賞での嫌な事件があった桜花クラブの三頭が無事に引退できたことをセレモニーで主張したいんだろうが、こっちの負担はだいぶ大きい。だから、市古さんに懇願されて俺が先頭に立って調整しているわけだ。まぁ、遠征バリバリ終えた後のことまで頑張れやってのはだいぶキツイよな。


「それで、せっかくなのでセカンドも一緒に行かせたいと」

「いえすいえす、尾根さん的にはどうでっか」

「許可するわけないでんな」

「ですわなー」


 似非関西弁で言葉を交わしながら尾根さんとセカンドの移送について語るが、お腹に子供がいる状態で許可なんて出るわけもなく、あえなく不許可になってしまった。


「万全の状態で引退式をしたいならセカンドのことは諦めることね」

「そうします。ファーストとサードは引退してから桜花牧場にいるから一緒に輸送できるし、ショートは有馬当日ですから何か起こらない限り大丈夫ですしね。残念ですがリスクを考えるとやめておきます」

「それが懸命ね」


 尾根さんはマグカップに淹れたコーヒーを啜り、うんうんと頷きながら診療所の椅子をギィとならす。


「とにかく、セレモニーの時には三頭ならんでコースを一周グルッと流すらしいので、尾根さんも同行お願いしますよ」

「あい、了解よ……そういえばセレモニーって調教師が馬に乗るのが普通よね。海老原さんのほうは二頭だけど片方は誰が乗るのよ」


 彼女のその言葉に、俺は天を見上げ、そして目頭を揉み、言葉にしたくない言葉を口から出す。


「女王陛下です」


 部屋の空気が凍る。


「はぁ?」

「耳を疑うよねぇ。俺も何度も確認したもん」


 そして、外務省にバカじゃないのかと問い合わせた。担当の人も泣いてた。


「女王陛下が」

「はい」

「引退セレモニーで」

「はい」

「馬に乗って中山競馬場を一周すると」

「はい」

「バッカじゃねぇの!?」

「ラド○もそうだそうだと言っています」

「ラドンって誰よ!?」


 小ボケにそんなにキレんでも……


「イギリスの政府は止めなかったの!?」

「向こうの人も泣いてた」

「泣く暇あるなら止めなさいよ!」


 それはそのとおりである。万が一があるから馬に乗せるなんて絶対あっちゃいけないんだけども。


「ショートに乗るって言い張ってさぁ。本当はファーストに乗りたかったらしいけど、羅田さんを押しのけてまで乗るつもりはないみたい」

「そこを譲歩できるなら諦めてほしいわね……」

「本当だよ……」


 権力者にそこまで期待するのが間違いなんだろうけども。中山大障害と有馬記念が連日開催なのがいけなかった、ショートが出走し引退する有馬記念後の引退セレモニーの話が人づてに漏れて女王陛下の耳に入ったら、そらフットワークの軽い彼女なら参加するっていうよなぁ。まさか騎乗するなんていうとは思わなかったが。


「でも凄いわよね。一人の主張で他の人たちみんな頭抱えてるのは」

「一般人の俺に大役押し付けているんですから、みんなハゲ散らかすほどに悩めばいいんです」


 ゲラゲラと笑い飛ばして俺も尾根さんの用意してくれたコーヒーを飲む。そうだ、みんな胃が痛くなってしまえ!


「アンタ、ちょっとストレスたまってんの?」

「そりゃあ、たまるでしょう! ほむらちゃんが試験にあがるかどうかでやきもきしてんのに次から次へと面倒ごとばっかり!」

「保護者代わりのくせにほむらの学力を一切信用してないのはどうなのよ……」


 ギリギリのラインの学力だって信用してるから心配なんだよこっちは!


「まぁまぁ、落ちたっていいじゃない。一年二年なら牧場で雇ってあげればいいんだし」

「それはそうですけども。というか人手的に普通にそっちの方がありがたいですけど」


 これからファーストやショートたちが帰ってくるから人手が足りなくなるからなぁ。



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