リドルの里帰り

「よし、飲んでいいぞ」


 俺の言葉でリドルは三五〇ミリの缶ビールを音を立てて飲み干していく。

 ティムトットリドルは現在帰省中。リドルは秋競馬に向け、スタミナを坂路調教で鍛えるために里帰りしているのだが、一週間ほどはゆっくりさせる方針でクラブと羅田さんに確認を取っているので俺も一緒にサボって昼間っからビールというわけだ。放牧場で柵越しにリドルとコミュニケーションを取るのも久しぶりである。


「昼間っからビールっすか」

「うわ、ダメな大人だ」

「今日は有給だからガキンチョの冷たい視線は効かないねぇ」


 音花ちゃんたちが俺に冷たい視線を向けるが気にしない。大塚さんが溜まってる有給使いきれってうるさいから牧場で遊んでいるのだ、非難されるいわれはない!


「それより君たちも帰宅が早くないかい?」

「今日は中間テスト初日ですよ。明日に向けて今から勉強する前にシミュレータールームで少し汗を流そうかと思って」

「いいねぇ。適度な運動はニューロンの働きを良くするよぉ」

「……めっちゃ酔ってませんか鈴鹿さん?」

「いや、俺って酒に強いから全然酔えないし、酔っぱらってるふりしてるだけ」

「なんですかそれ……」

「そんなことより、馬にビール飲ませて平気なんですか?」


 いい質問ですねぇ。


「説明しよう! 馬の肝臓はビールに含まれるアルコールを急速に処理できる。もっと詳しく言うと大量のアルコールを脱水素酵素というものに変えることができるんだね。

 脱水素酵素ってのは発酵物質を分解する酵素で、馬は大腸の消化でそれらを普通に使っているんだ。この酵素により馬は素早くアルコールを炭水化物に変えてエネルギーにすることができるんだよ」

『へぇ~』


 感心する音花ちゃんたちに、もちろん、あげすぎはダメだよと言って自分用のビールを飲み干す。リドル君、柵を蹴って猛抗議だ。


「君の分はもうおしまいだよ」


 俺がそういうとプイッとそっぽを向いて放牧場の奥の方へ走って行ってしまった。


「フラれましたね」

「ふっ、裏切りは女のアクセサリーさ……」

「リドルは牡馬です」

「別に裏切ったわけじゃないですし」


 ……三人になってからツッコミの圧が増えたな。俺も分身して対抗すべきか?


「また変なこと考えてる顔してる」

「鈴鹿さんって遠くから見るとすっげぇ尊敬できるけど、近くで見るとダメな大人だよな」

「浅井さんも足立さんも新田さんも羅田先生も似たようなもんだから類は友を呼んでるんじゃない?」

「おっと心はガラスだぞ」


 なによりも新田騎手と同類はやめてくれ!


「そういえばエミューズは帰ってきてないんですか?」


 放牧場を見渡しながら音花ちゃんが尋ねてくる。石田君も「あー」と言ってあたりを見渡す。ほむらちゃんはなんか数式ブツブツ言ってる。


「エミューズはトレセン近郊の放牧場で調整だよ。八月からフランス行くから」

「え、もしかして」

「はい、凱旋門賞にも出ます。主にショートの帯同馬としてがメインなんだけどね」

「凄い! 凱旋門賞でワンツー決めちゃったりして!」


 ショートには雨用の蹄鉄つけて、エミューズには通常の蹄鉄つけるらしいからワンツーは無理じゃないかな。わざわざ言わないけども。


「あの鈴鹿さん、凱旋門賞って……」

「勝ったらWBC優勝みたいな感じ」

「それはすごい!」


 野球ネタならピンとくる石田君面白いわ。足立騎手や新田騎手に色々と競馬の座学をしてもらってるみたいだけど、知識面はまだまだひよっこだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る