ふれあい乗馬・上
学生たちとホースパーク内を見回り、厩舎では馬たちに飯屋謹製のクッキーを食べさせたりと充実したふれあいを学生たちには楽しんでもらうこと数時間。時刻は十五時も半ば、いよいよ乗馬を体験してもらう時間となった。
ホースパークの中央から少し北にある乗馬場に生徒全員を引き連れて移動し、本日最後の乗馬体験をした親子のお客さんにサインと握手をねだられ、それに応じる。牧上さんが羨望のまなざしで俺を見つめてきて困った。
乗馬のスタッフに生徒たちを任せて今日中に処理しておきたい仕事を片づけるためにホースパークの事務所に戻ろうとしたところで、スタッフのスマートフォンに着電。彼が素早く受話すると電話口からは悲鳴に聞こえる叫び声が少し離れた場所にいる俺たちにも届いた。
数度言葉を交わして大きなため息をつきながらスタッフが帽子を取って生徒たちに頭を下げる。
「すみません、どうやらホースパーク内のヤギが脱走したみたいで……回収の増援に行かないといけないことになりまして」
「また逃げたのかあのクソヤギども」
「そろそろ〆て肉にしませんか社長」
「妻橋さんに検討してくれるよう伝えとくよ。乗馬体験は俺がついとくから早く行ってあげて」
「ありがとうございます! では失礼します」
擬音にすればピューンと表記されそうな軽快な足取りでスタッフはヤギたちが脱走したであろう方角へ消えていく。
「じゃあ、予定とは違うけど乗馬を始めようか」
「あ、あの、ヤギを〆ちゃうかもしれないって……」
「飼育するにも限度があるからね」
なにか言いたげな鈴木さんに対して、俺はにっこりと笑顔で告げる。
「七度目なんだよね、脱走。馬たちと違ってホースパーク園内の手入れした草木を食いつくすから早めに確保するために人手を割かないといけないし、なにより園内のお客さんに危険が及ぶから……」
「それでも殺すなんて……!」
「飼育から逃れる、植生を荒らす、角で怪我を誘発する、残念だけど管理者としては処分を考えないといけないよ」
「……でもでもやっぱり」
「ヤギたちはもともと愛玩用で飼育しているわけじゃない。全てを保護しようとするのは人間の傲慢だよ鈴木さん。犬猫の処分と違ってヤギたちは食肉加工されるしね」
納得できない表情で黙り込む鈴木さん。フォローするように音花ちゃんが口を開く。
「そういえば、ヤギは第二の牧場で肥育しないんですか?」
「そもそもホースパークのヤギって野生で森を荒らしてたから捕まえた奴らだからね、流通に乗せるわけにもいかないのさ」
「……猪や鹿はその場で加工したのにヤギだけはここに連れてきたんですか?」
「その場で処分しなかったのはもともとホースパークに園内動物園を作るつもりだったってのもあるね。検疫の関係で頓挫したけど」
「検疫に関係あるんですか?」
「近くに牧場があると色々と面倒なんだよ。問題が発生したら尾根さんたち獣医師に負担がかかりすぎる。と、乗馬とはまったく関係ない話でごめんね。馬を呼ぶからちょっと待ってて。スカラ!」
指笛をピーッと鳴らすと乗馬場内で寝そべって寛いでいた黒鹿毛のスカラがムクリと立ち上がり乗馬場の昇降場へゆったりと歩いてくる。慣れたように昇降場に設置された踏み台の横に待機すると頭絡に引綱を装着するように顔を俺に擦りつけた。
「よしよし。紹介するね、この子はスカラ、競走馬としての名前はスカラドギバッグ。中央で二勝、地方で四勝して引退した後ここにやってきた子だよ」
「……ん? 二勝って結構強いんじゃなかったですか?」
石田君が疑問に思ったことを聞いてくれる。
俺がそれに答えようとしたところでほむらちゃんが自信満々に口を開いた。
「中央の二勝ってのは凄いことだけど、種牡馬になれるほどの功績じゃないの。特にこの子は血筋的にも稀有なものはない、親戚にもっと成績の良い馬がいるから種牡馬に回されずに乗用馬になったのよ」
「普段バカにされてる側だから得意げに教えてくれるねぇ」
「どういうことよ割場ァ!」
ほむらちゃん弄られてるなぁ。
「はいはい、そこまで。時間も有限だからね、誰から乗ってみる? 手本で音花ちゃんかほむらちゃんがまずは乗ってみるかい?」
「いえ! 私が乗りたいです! 時間が余ったらもう一回乗ってもいいですよね?」
ふんすふんすと鼻息荒く牧上さんが立候補する。その心意気やよし! ヘルメットなどの防護装備を装着してスカラに騎乗してもらう。
「……怖い」
スカラの上で牧上さんは背中を丸めて、スカラの背にヒシリとしがみついた。
意外と高いからね、サラブレッドの体高って。
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