飯屋再び

「それじゃあ、ホースパークの方に行こうね……」

「鈴鹿さんの顔面しわくちゃになってる……」


 凱旋島へ学生たちを放置して俺は各所のヘルプへ走り回った。

 まずは興奮しているビティを沈静化するために厩舎へ行き、返す刀で外柵を障害馬顔負けのジャンプで抜け出したディアをとっつかまえて放牧地に放り込み、また逃げるようなら蹴っていいと舌を出して俺に甘えてくるウェスコッティの双子に頼んでおく。賢い二頭はすぐにディアの脇を固めて嘶く、ディアが耳絞ってるから二頭で煽ってんのかな? と笑いつつ、山田君への凱旋島進入許可を出す。日頃使用しない彼の車は島と島を結ぶ検問所へ登録されていないので、いちいち俺か大塚さんが許可を出す必要があるのだ。

 そして、最後に黙って大金を使ったことが大塚さんにバレてめっちゃ怒られ、解放されたころには学生たちの種付け見学が終わっていたのだった。


「例のしゃべる電気鼠もこんな顔してたよね」

「やめろよ、本当にそうにしか見えなくなるだろ」


 ほむらちゃんのぼそりと呟いた言葉に石田君が笑いをこらえながら苦言を呈す。そんなに俺って今ひどい顔してんの?


「あぁ、牧上さんが乗馬体験希望って聞いたから夕方から乗れるようにしといたよ」

「やった! ありがとうございます!」

「音花ちゃんとほむらちゃんはともかく、他の子たちも乗りたかったら館長の妻橋さんに言ってね。今日は馬も出産しそうにないから夕方からはフリーでいいから。

 あ、晩御飯は桜花牛のフルコースです。知り合いの飯屋がちょうど仕入れに来てたからついでに作ってもらうことになりました」


 飯屋とはあの『飯屋』である。スターホースのマスターとコーヒーの試飲会をしていたと山田君に教えてもらったので調理を依頼したのだ。

 というより、大塚さんの説教が小一時間ですんだのは飯屋の食事にありつけると聞いて機嫌を直してくれたおかげである。美味い飯は世界を救うのだよ。


「そういや先生が一緒に食べた飯が滅茶苦茶美味かったって言ってたような」

「君たちの担任の先生は俺が持参した食事を口にしたらグルメ漫画みたいなこと口走ってたよ……」


 俺の言葉に生徒たちが各々額に手を当てて嘆息を吐く。どうやら心当たりがあるらしい。


「悪い先生じゃないんですけどね」

「ところどころで変な癖が、ね」

「鈴鹿さんみたいですよね」


 ……あれ? 遠回しにディスられた?





 手の空いている厩務員の運転でホースパークに移動した俺たちはレストランで一息つく。調理場でなにやらを行っていたスターホースのマスターがわざわざコーヒーを淹れてくれ、飯屋もなぜかフィナンシェを用意して待っていたのでお昼前のおやつタイムといったところだ。


「このフィナンシェ美味しい……」

「飯だけは天下一品だからなコイツは」


 語弊なく平皿へ山盛りにされたフィナンシェを口に放り込みながら、我ながら下賤な笑みを浮かべつつケラケラとからかうように言う。

 そんな俺をへっと鼻で笑いとばして、飯屋は口を開く。


「フィナンシェは馬屋に相応しい料理だもんな」

「……どういうことです?」


 音花ちゃんが頭上にクエスチョンマークを浮かべて俺に尋ねてくる。何故飯屋に聞かずに俺に聞くのだ、音花ちゃんよ。


「……フィナンシェはフランス語で金持ちって意味があるんだよ。自分の城でもないのにわざわざ面倒なフィナンシェを作ったのは俺に対するからかいってことさ」

「大正解! 正解者にはこちらをプレゼント」


 飯屋は俺たち一人一人にラッピングがしてある小ぶりのクッキーを手渡してきた。それは人参のしており、匂いなどは市販の物よりもかなり薄い。


「クッキーですか?」


 かしまし三人組の一人、割場さんが人差し指ほどの大きさであるプレゼントを不思議そうに眺めて飯屋に聞く。不敵に笑う飯屋が自信満々に講釈をたれようとしたので、俺は遮る。


「馬用のクッキーだろ」

「おまっ、俺がカッコつけて偉そうにするところだろうが」

「それが気に入らないので割り込みました~」

「はい死なす~、本場で習ったルチャで大地にキスさせてやる~」

「やってごらんなぁ~? 福岡のタイガーマスクと呼ばれた俺に勝てるとでも~?」

「鈴鹿さんのそれは孤児院に寄付しまくったからじゃないですか……」


 がっぷり手四つで組みだした俺と飯屋、周りの学生たちのしらっとした視線と音花ちゃんの正論がレストランのラウンジに寂しく響いた。


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