凱旋島

 凱旋島。突如としてアプリの不可思議なパワーで生えたこの島は現在桜花牧場の経営するスタリオンステーションとなっている。校外学習二日目はそこに学生たちを連れてやってきた。本日は新たな種牡馬の引き入れに加えて、ビティヘイリッソンの種付けが三件あるから見学するには都合がいい。

 と、いうわけで俺たちは種付け場の前で待機してどのように馬が運ばれてくるか観察する。


「そういえばスタリオンステーションってどんな意味なんですか?」

「スタリオンは種牡馬、ステーションはそのまま駅とかの意味だね。広義的にはスタリオンとイコールで種牡馬じゃないんだけど、日本では種牡馬の意味で使うことが多いね」


 音花ちゃんを除く学生たちがへー、と感心した声を出す。


「ちなみに、ここには医務室に厩務室、種牡馬厩舎と妊娠が確認されるまで牝馬が逗留する厩舎があるよ。放牧場も土地だけはかなりのスペースがあるから馬たちも喜んで駆けまわってることが多いね」

「やっぱ、庭の大きさって関係あるんですか?」

「石田君、一塁ベースを駆け抜けるときに目の前に板があったらどう思う?」

「クソっすね」

「はい、お馬さんも同じ考えをします。狭いと動きにくくてストレスたまっちゃうよね。だから放牧場は広ければ広いほどお馬さんにとってはよい!」


 なお厩務員の苦労は指数関数で増える! 頑張ってくれ。

 と、場つなぎをしていたのはいいのだが。なかなか馬運車で馬が運ばれてこない。問題が発生したのかと考えて厩務員に連絡を入れるが……。


「もしもし? ベティになにか問題起こった?」

『逆です社長! 元気いっぱいビンビン丸なんでちょっと落ち着かせてます! このままだとケガさせちゃいます』

「あー……先に放牧場見せるから落ち着いたら連絡よろしく」


 なんともいえないアンニュイな表情で俺は学生たちに一言。


「いまから凱旋島のロンシャンに行こうか」





 凱旋島にはその名の通り、ロンシャン競馬場を模したコースが存在する。

 手入れだけはされているがほとんど使われていない。吉騎手が凱旋門に挑むときに貸してほしいって言ってたぐらいで誰も用事がないんだよねこのコース。一番有効に使われたのが幼稚園の遠足でピクニック場になったことだってのが笑える。


「広ーい!」

「風が気持ちいいですね……」

「うぇーい! 割場っち! ほらほら見て見て、サウンドオブミュージック!」


 JK仲良し三人組の一人、牧上さんがサウンドオブミュージックのポスターポーズを取る。俺以外は全員頭上にクエスチョンを浮かべている。一九六五年の映画だからなぁ、むしろなんで牧上さんは知ってるんだ。


「牧上さんは役者志望なんです。特に時代劇が好きらしくて、乗馬の経験をしたいからって今回参加したみたいです」

「そうなんだ。でも乗馬ぐらいならいつでも出来るけど……」

「……その、牧上さんのご家庭は母子家庭で……」


 鈴木さんの言葉に絶句する。

 あぁ……。乗馬にお金をかける余裕がないのね。資本主義ってのは世知辛いぜ。

 だからといって俺は何もしてやれないのだが。


「種付けが始まるまでもう少しかかるだろうから、思うままに休憩していてね」

『はーい!』


 学生たちが俺の言葉をうけて思うがままに芝の上を駆けまわる。実に平和である。

 まぁ、そんな穏やかな状況が長続きするわけもなく。


≪社長! ビティが全然落ち着かなくて! ヘルプお願いします!≫

≪社長! ディアのクソガキがまた脱走したのでヘルプを!≫

≪社長。サプリの値段についてお話があるので事務所までお願いします。学生さんたちの案内は山田さんにお願いしていますので、早! 急! に! 出頭してください!≫

≪社長! 迎え入れた新種牡馬を見学させてください≫


 メッセージアプリが聖徳太子状態である。うむ、逃げたい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る