ふれあい乗馬・下
「怖かった……想像より怖かった……」
「だから結構高いよって言ったのに」
「経験してみないとわからない怖さってあるからねぇ」
サラブレッドへの乗馬を舐めていた節のある牧上さんがスカラの上から動けなくなってしまったので俺が担ぎあげる。そのまま地面に下ろすと彼女は地面にへたり込んでしまった。俺と音花ちゃんは顔を見合わせ、彼女のそんなほほえましい姿に笑む。
「次は音花ちゃんがお手本を見せてあげてよ」
「わかりました。ほむら、補助よろしく」
「オッケー!」
そういうと、ほむらちゃんと音花ちゃんが昇降台も使わずにひらりとスカラの上に乗り上げる。現役騎手と比べても遜色ない騎乗の仕方だ。
「音花凄いじゃん!」
「慣れだよ慣れ」
割場さんの興奮した褒め言葉を照れることもなくさらりと受け流す音花ちゃん。うーん、クールビューティ。将来男泣かせになりそうだぜ。
おっと、お仕事しなくちゃな。
「はい、というわけでこれが悪い見本です」
「ええ!? 音花は綺麗に乗ったじゃないですか!」
「君と音花ちゃんはできても他の子は真似できないでしょうが! バカチン!」
『あ~……』
馬上の音花ちゃんとその横に立つほむらちゃんが納得したのか、やっちまったといった表情で頬をポリポリと掻く。
「音花ちゃんのやった騎乗は慣れた人がやらないと本当に危険なのでやらないように。つーわけで、石田君。代わりに乗ってくれるかい?」
「え? は、はい!」
突然の名指しに動揺する石田君を昇降台に立たせ、下馬をした音花ちゃんにスカラの引綱を持ってもらう。緊張した顔の石田君に一つ一つ説明していく。
「まず、馬に乗るには左側に立ちます。位置は肩のあたりかな。そのまま左手で手綱と鬣を握ってくれるかい」
「は、はい……」
おっかなびっくりで俺の指示通りに行動する石田君。音花ちゃんもほむらちゃんもこんなに緊張した姿を見せてくれたことないから新鮮だ。
「そのまま左足を鐙にかけて、右手は鞍の後橋を掴んで」
「はい、お、おぉ、こわっ……」
「大丈夫だよ、引綱は音花ちゃんが握ってるし。石田君一人ぐらい簡単にキャッチできる俺が傍についてるからね」
「鈴鹿さんはスチール缶握りつぶせるぐらいの握力だからきっちりキャッチしてもらいなさい!」
「ほむらの情報で俺が握りつぶされないか不安になったんだけど!」
「大丈夫だ! たぶん!」
「たぶんってなんスか鈴鹿さん!」
馬鹿話で緊張がほぐれたのか、俺の指示したとおりの姿勢を作り、意を決した表情になる石田君。さぁ、これが一番難しい、自分の身体を支えての乗りだ。
「いいかい石田君。ぐっと自分の身体を持ち上げて鞍に着地するんだ、いいね」
「はい!」
「よし、ゴー!」
右足で昇降台を鋭く蹴り上げ、一発で鞍へと綺麗に乗り上げる石田君。なかなかに筋がいい。
「右手で前橋、鞍の前の出っ張りを掴んで」
「はい」
「右足を鐙に」
「はい!」
よし、完璧な騎乗だ。
「鈴木さんたちも乗り方はわかったかな?」
「はい。でも、私たちにできるでしょうか……」
「無理だと思ったら牧上さんみたいに俺が担いで乗せてあげるよ」
「それは結構です。女子として恥ずかしいので」
「ちょっと、遠回しに私のことディスった!?」
鈴木さんの鋭い指摘が牧上さんを襲った。結構ズバズバいうよねこの子。
おっと、石田君を放置してしまっていた。彼の方を見ると、どこか晴れやかな顔で水平線を眺めている。
「石田君?」
俺の呼びかけに、どこかぼうっとした彼がぽつりとこぼす。
「気持ちいい……」
そんな彼の言葉に俺と音花ちゃんは顔を見合わせて、口角をゆるりとあげる。
「石田君。君、才能あるよ」
「……才能ですか?」
「うん、馬と生きる才能」
「俺、いままで馬に乗ったことなんてなかったんですけど……」
「俺もサラリーマンを辞めるまで馬に乗ったことなかったよ。大事なのは今までじゃなくこれからのことだと思うけどね」
強制解雇を食らった俺をサンプルにしていいかは別の話ではあるが。
「これから……」
「そう、これから」
これからか……と石田君はぽつりと呟いた。
春休み明け。音花ちゃんとほむらちゃんに連れられ、石田君が騎手を目指すことにしたと俺に宣言したのはまた今度にでも綴るとしよう。
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