おいでよ、桜花牧場

「やぁ、よく来てくれました」


 三月末、桜花牧場には五人の高校生、石田君に鈴木さんと学校推薦の三人といつものOちゃんアンドHちゃんがやってきていた。今日から三泊四日の予定で農業高校生には牧場の仕事を体験してもらう。


「皆さんにはこれから三日間の研修を受けていただきます。そのうえで守っていただきたい決まりが三つあります。

 一つは馬を舐めてかからないこと。馬は繊細ですが、非常に賢い生き物です。舐めてかかると大怪我をします。三つの中でも絶対にこれは守ってください。

 二つ目、厩務員の指示には必ず従うこと。君たちの命もそうですが、判断一つで最悪の場合には馬が死んでしまうかもしれませんからね。

 最後に、三日間の夕食は地場産のグルメを用意しているので全力で楽しむこと。いいですか?」

『はい!』


 いい目で返事をしてくれる生徒たち。これならばわざわざ美味い飯を用意しなくてもよかったかもね。

 俺は士気が上限を振り切っている生徒たちを引き連れて牧場内を練り歩く。まず放牧場では身重の母馬たちを見て鈴木さんがブツブツと専門用語を呟いていたり、先日出産を終えたレアシンジュが仔馬に母乳をあげているのを見て鈴木さんと音花ちゃんとほむらちゃんを除くJKたちが可愛いと声をそろえたり、黒一点の石田君がディアとガンつけ合ったり。放牧場一つ見るだけで実に賑やかだ。

 放牧場の次は大仲に向かう。桜花牧場の厩舎はハイテク機器が、といってもカメラとエアコンだが、全ての厩舎に付属している都合上、大仲に管理装置が集中している。通常の厩舎に比べるとかなり毛色の違う管理体制であることを前置きして説明する。


「これだけの設備、一体いくらかけたんですか?」


 鈴木さんに尋ねられたので素直に答える。大体、レジェンのG1勝利二回分かな。

 そう聞いて鈴木さんはうっ、と言ってたじろいだ。これが現金で殴るってことですよお嬢さん。石田君たちも音花ちゃんに聞いて絶句してるね。


「どうしてこれだけの設備を? 簡単にはペイできませんよね」

「そりゃ万が一があったら困るからさ。このシステムなら夜中でも馬たちに負担をかけずに見守れるからね」


 金なんていくらでもあるんだから補えるところは金で補わなきゃね。

 

「……全国の農家に喧嘩を売るような発言ですね」

「資本主義ってそんなものだよ。金があるから金になるのさ」


 俺の言葉に意味ありげに全員頷いた。そんなに深いこと言ってないよ俺。






 大仲見学の後、シミュレータルームを軽く見せて桜花牧場で目立たないマル秘スポットに全員を紹介する。


 やってきたのはフィードマンルーム。腰から下げた鍵を取り出して部屋を開錠、地面に広げられた木箱たちには箱一杯のりんご・バナナ・メロンなどの果物や馬が食べることで有名なにんじん、珍しいところではセロリ・レタス・えんどう豆やさつまいも・かぼちゃ・ぶどう・アプリコット、少量だが桃やスイカなんかもある。ちなみに、こいつらの管理のせいでフィードマンルームはとても寒い。寒さに弱いものは個別に保温用の加工がされた木箱に入っているので、部屋内は常に冷蔵庫並みの温度だ。

 そして、極めつけは壁の戸棚。戸棚にびっしり詰まったたくさんのプラケースの中には馬用のサプリメントが比喩抜きで山のようにある。実に種類にして五十を超えるほどだ。

 桜花牧場の競走馬たちはここで栄養管理を徹底的にした食事プランを決めて提供されるのだ。例外はない。見学客にも馬にあげる餌の量を事前に通達して与えさせてるしね。


「凄い……」

「信じられないほどのサプリメントっすね……」

「フィードマンルームってこんな感じだったんですね」

「原則立ち入り禁止だから音花ちゃんもほむらちゃんも初めて入るもんね。というよりここの鍵を持ってるの俺と尾根さんと柴田さんだけだし。事務所のマスターキー使わないと俺ら三人以外入れないんだよここ」


 補足としてエン麦やら配合飼料だけは別室で混ぜ合わせるのでここにはない。量がいるから置くスペースがそもそもない。

 鍵を俺たち三人しかもっていない理由は栄養管理の完璧な尾根さんや経験で馬の状態がわかる柴田さん、手帳で答えが導き出せる俺じゃないとオーバードーズになってしまう可能性のあるサプリが少数混じっているから。無論、アプリ産である。

 フィードマンをできる後継を育てたいんだけど、こればっかりは経験だからなぁ。妻橋さんが恋しいわ。馬の朝飯である朝飼いの用意を全部やってくれてたから、当時はここまで人手不足を嘆くことはなかったよ。

 人間は失って初めて無くしたものの凄さに気づくものだねぇ。


「鈴鹿さん。あの、このサプリメントって見たことないんですけど。一体いくらですか?」


 ほむらちゃんが珍しく質問してきたので、彼女が手に持った人差し指サイズの錠剤の値段を答える。


「TMO-7は七万円だね」

『七万円!?』


 音花ちゃんとほむらちゃん以外の生徒がひきつった声で叫ぶ。

 音花ちゃんが呆れたように、続ける。


「一錠でですよね?」

「そうだよ?」


 あ、鈴木さんが卒倒した。


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