仔馬の遊び方

「というわけなので、春休みに三泊四日の日程で音花ちゃんたちの同級生が見学に来るから色々教えてあげてちょ」


「……アンタの事後報告には慣れたけどさ、それにしてももうちょっと早く言うべきじゃない?」


「参加者希望が思ったより多くてさー。五人まで絞るのに担任の先生と頭悩ませちゃって尾根さんに伝えるの忘れてたわ」


「グーが出るわよ」


 固く握りしめた拳に息を吐きかける尾根さん。うーん、このノリがいい。もう一人の獣医さんは恐縮して会話にお遊びがないからね。


「高校生たちが見学するのは構わないけど、ある程度まともな子供なんでしょうね」


「流石に高校生がノリで生きるモンキーだとしても、担任の先生が推薦した子たちですから普通に真面目な子ばかりですよ」


 俺が高校生の時はモンキー側だったけど。うきっ。


「そもそも、出産がかみ合わない時もあるじゃない。その時はどうするのよ」


「ロストシュシュの出産映像がありますから、それで代用しますよ。生が一番でしょうけど映像でも価値は変わりません。

 それに第二の牛たちも出産シーズンです。こちらの牧場で出産の脈無しと見えたらあちらに連絡して出産しそうな牛がいるか聞いてみますよ」


「そこらへんは大規模牧場の強みよねぇ」


「伊達に島一つで産業興してませんからね」







 さて、尾根さんに話も通したし、当座のやることはなくなったな。

 日も高いし、仔馬たちの様子でも……。


 事務所の前で目が合った。ディアだ。周りには厩務員などおらず、なんなら頭絡もつけていない。思いっきり放馬である。

 俺が息を思いっきり吸い込む。その動きを見てディアがグッと身をかがめて走り出す体制をとった。


「ほうばぁあああああああああああああああああ!」


 俺の喉から発せられる甲子園のサイレンにも負けない大音量に、事務所や大仲からドヤドヤと人が飛び出してくる。そして、俺の大声を合図にしてディアが牧場から山際へ向かう道へと駆けだした。

 周りの説明を放棄して俺はディアに向けて走り出す。ジャージじゃないから動きにくいなもう!


「厩務! 柵が開いてないか見とけぇ!!」


「は、はい!」


 車通りが少ないとはいえ厩務員が傍にいない柵外など危険が満載だ。柵の戸締りが原因ならば二頭三頭と次々に馬が出てきてしまい、とてもじゃないが収拾がつかなくなる。

 俺の喝にドタドタと休憩中であったであろう厩務員が柵を確認しに行った。よし、あとはディアを捕まえるだけだ!


「待たんかァ! クォラァ!」


 全力で追い上げる俺のことなど嘲笑うかのように速度を上げるディア。舐めやがって!

 道路にジャケットとスマホを投げ捨てて、足のピッチをあげる。桜花島のウサイン・ボル●とは俺のことだぞディア!







「社長、お疲れ様です。いや、本当に」


「労いありがとう。クソ、春なのに汗でベタベタだ」


 一キロほど走ってバテたディアをガッチリと身体を使って捕獲し、応援が来るまでその場で待機していると、原付に乗った柴田さんが頭絡をもって駆けつけてくれた。

 いやいやをするディアに無理やり頭絡を装着して、柴田さんと交代で原付に乗って牧場まで戻る。本当に疲れたわ。


 事務所横で投げ捨てて土埃で汚れまみれになったジャケットとスマホを回収し、放牧柵の前に行く。そこでは厩務員たちが話し合っていた。


「結局あけっぱだったの?」


「いえ、鍵は閉まっていました。柵も全て確認しましたが脱走できるようなところはどこにも……」


「だったらどうやって……」


 皆で頭を悩ませていると、双子馬の片割れであるアメリアが開閉柵の前にやってきた。

 どうしたと俺が声をかけると、開閉柵の横木の間からにゅっと顔を出して、鍵代わりの閂を口を使って綺麗に横にスライドした。

 絶句する俺たちに、凄いでしょと言わんばかりにキラキラとした目で俺を見つめてくるアメリア。うん、こいつは……。


「柵、改造してプラ板でも入れようか」


「そっすね……」


 厩務員のミスではないことを喜ぶべきか、至らんことをする仔馬たちを怒るべきか。大いに俺は悩んだ。



 ちなみに、仔馬たちは外に出た後キチンと閂をかけなおしていたので、常習犯であると思われる。



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