鈴鹿の授業・延長戦

「鈴鹿さん、本日はありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそ得難い体験をさせていただきました」


 授業を終え、再び理科準備室に引っ込んだ俺たち。この後は掃除とホームルームがあるらしいが、このまますぐに俺たちが撤収すると生徒たちが詰めかけて混乱しかけないとのことで、生徒たちがある程度下校してから俺たちは撤収することになっている。

 音花ちゃんたちの担任の先生はそんな俺たちに付き合ってくれているわけだ。ホームルームは副担任の先生が担当してくれるので気にしないでくれと言われた。


「それにしてもシビアな質問されましたね」


「農業高校だから桜花牛とかの味の質問されるかと思ってたらクソ重い質問だったね」


 何故か理科準備室に備えられてあるコーヒーメイカーで作ってもらったコーヒーを助手君と先生の三人で啜りながら雑談をする。内容は授業のときの質問についてだ。

 正直、あんなに真剣な質問が飛んでくるとは思わなかった。俺なんて高校の時はボードゲームとトレーディングカードゲームのことしか考えていなかったよ。若いうちから将来のことに関して考えられるなんて本当に凄い子たちだ。


「ははは、それは谷野と大和のおかげですよ。

 毎日熱心に勉強しては誰より早く帰宅して夢に向かって練習をする。あんなに輝いて未来のことを考えている、一歩先の未来を見据えている同級生がいれば心に火もつくし、逆に自身が無くなる者もいるというものです」


 担任の先生はニコニコと笑いながら、その原因について教えてくれた。

 なるほど、音花ちゃんもほむらちゃんも一生懸命に騎手になるために頑張っているからな。そりゃ人として魅力的に見えるわ。


「実際のところ、門外漢なのでわからないのですが、彼女たちは競馬学校に受かりそうですかね」


「……そうですね。まず、競馬学校の受験と入学後の授業について先生はご存じですか?」


 先生はかぶりを振って否定する。


「不勉強で申し訳ないですが、まったくと言っていいほど無知です」


「では、受験の内容からご説明しますね」


 俺は立ち上がり、準備室のホワイトボードに向かって歩いていくと、助手君が元気な声で叫ぶ。


「はい! 撮影していいですか!」


「……好きにしなよ」


 調子が狂うなぁ。





「えー、まず競馬学校の入学願書受付は五月から七月に一か月ほどの期間で開始されます。約一か月後の八月に一次試験が、それに通れば二次試験が十月に行われます。

 一次の試験内容は身体検査に体力測定、学科試験、面接等です。二人ならこれは通るでしょうね。学科以外は」


「学科試験のレベルはどれぐらいなんでしょうか!」


 先生、そんな鬼気迫る顔で言わんでも……。


「大丈夫? です。中二レベルの国語と社会の問題が中心ですから。真面目に授業を受けていれば普通は通ります」


「普通は」


「普通はです」


 ほむらちゃんはヤバそうだけど、音花ちゃんは過去問を満点でクリアしたから心配はいらないぜ先生。ほむらちゃんはヤバそうだけど。

 まぁ、一般常識や時事問題も出るからこのまま教え込んでいけばほむらちゃんも学科は通るはず。


「それ以外の受験内容は身体検査、体力測定、運動機能検査、集団面接です。面接対策は学校にお任せするとして、運動系は毎日俺と運動しているので二人とも高二の女子にしてはかなりの水準です。心配はいらないでしょう」


「女子高生と毎日運動!?」


「アバダ・ケダブラ≪息絶えよ≫!」


「おうぁ!? こ、殺す気ですか社長!」


 ふざけたことを抜かした助手君にキャップをつけたマーカーを投げつける。炎上したらどうするつもりだ。

 ぶーぶー文句を言うアホは無視して、先生への説明を続ける。


「これが一次試験の内容ですね。ですが、一番難しいことが試験内容に盛り込まれてないんです。先生はなんだと思います」


「うーん……。身長ですかね? 騎手の方って背が高い印象がないんですよね」


 おしい。先生も競馬についてそこそこ調べてくれているみたいだ。いい担任の先生じゃないか二人とも。


「残念ですが惜しいです。騎手にとって一番重要なのは体重管理です。

 入学後も毎朝計測され続けるほどには体重管理が重要なんです。目標達成を失敗し続ければ退学になるほどには」


「退学ですか!?」


 そうなんです。競馬学校では毎日朝五時に起きて体重計測から始まるんですわ。それで既定のラインを超え続けると退学になります。

 これがまた厳しい。女子はともかく、男子で中学卒業から入学する子は成長期で身長が伸びすぎて体重管理できなくなって自主退学なんてのも珍しくないからね。


「ジョッキーって厳しい世界なんですねぇ……」


「吉騎手クラスになるとそこまででもないみたいですけどね」


 あの人はバクバク食べるし酒もガンガン飲むけど、なんでか土日になると体重が五十一キロになってんだよね。本人曰く何食べればどれぐらいの肉になるか把握してるって言ってたけど普通出来ない。


「話を戻します。一次試験を通って十月になると、二次試験でやっと馬と直接的に関わる試験があります。これは合宿形式の試験、日を跨いで行うものになります。

 内容としては騎乗の腕と厩務作業の実技。まぁ、これについては彼女たちは確実にクリアできます。ほぼ毎日ウチの牧場に出入りしてますからね」


 若いこともあって桜花牧場の厩務員たちの中ではアイドルみたいな扱いだ。彼女たちは馬にストイックだから浮いた話なんてないんだけどね。


「試験が終わって割とすぐ結果発表があります。だいたい十月末ですね。そこで試験は終了。彼女たちは高校卒業とともに競馬学校に入学になります」


「なるほど、彼女たちの勉強はまだまだ続くのですね」


「二十歳以上だと競馬学校専攻科って一年で免許に挑める方法もあるのですが……。

彼女たちにはあまり関係ありませんね」


 専攻科は社会人が競馬に携わるために通う学校だからな。

 そうだ、ひとつ先生に提案してみようか。


「獣医師を目指している彼女がいましたね」


「はい、鈴木ですね」


「彼女に馬の出産を見せてあげたいんですけど、学校で希望者を募ってみませんか?」


 生命が生まれるところを見ることは絶対いい経験になるからね。


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