秘策

『いいですか、吉騎手。エミューズは頭がいいんです』


(そういえば、突然の鈴鹿さんの自慢話にポカンとしたな)


 水気を多分に含んだターフの上をサンブルエミューズに乗って誘導する吉。

 数日前の追い切り中、鈴鹿に秘密裏に教えられた『とっておき』のことを不意に思い出した。そんなものを使わずとも勝てるだろうとタカを括っていたが、サンブルエミューズの心底嫌そうな歩様を見るに使わざるを得ないのかもしれないと吉は感じた。


(負担が掛かるから極力使わないでほしいと言われたが……。ここで二着までに入着しないと桜花賞は抽選組に組み込まれる可能性が高い。

 腹ァ……、括るしかないな……)


 サンブルエミューズは12番、偶数かつ重い番号なのでゲートインまでは多少時間がある。吉はサンブルエミューズの首元を軽く、しかしテンポが伝わるように一定のリズムで叩く。否、叩き続ける。

 そのままゆったりとゲートに入り……。開いたと同時にサンブルエミューズは外へ飛び出した。



『……トリプルスリーサン、収まりまして。ゲートが開いた! 12番サンブルエミューズ、ロケットスタート! 水気を含んだターフの上を滑るように快調に進んでいきます。その後ろ一馬身程離れてステイディッド、トリプルスリーサン、ヒヒインフェルノ、アルケミーロード、四頭が先団好位を形成。すぐ後ろサラマンドラ、アニサング、ゼムがつけて、外にロードトゥザトップ。スミナスメイズが中団に控え、後は間にフルグラップ、マッスルクイーン、イグザミネーション。後方集団にはフジジールとロングロングアゴー、アイドルスターフライト、最後方にはミックスナッツが陣取ります。

 さぁ、各馬三コーナーカーブ残り1000メートルを通過したところでペースを握っているのはサンブルエミューズ、リードは一馬身です。二番手にはトリプルスリーサンが追走しています。その二馬身後方ですが、ヒヒインフェルノ。残り800を今通過。アルケミーロードが現在四番手です。その後方からは14番サラマンドラが追走、中団馬群のうちフルグラップが外目、後は下がりました。その外からはフジジール、後方から好位に接近する構えを見見せています。そしてそのあとですがイグザミネーション、マッスルクイーン。間にいるのがアイドル、各馬四コーナーカーブ直線コースへと向かって参ります。

 サンブルエミューズ先頭、サンブルエミューズ先頭! そして間ヒヒインフェルノ! 今度は外からフジジールが伸びてきた! フジジールが伸びてきました! サンブルエミューズ粘れるか! 粘れるか! フジジール! 末脚解放で食らいつく! が! サンブルエミューズ! すごい脚! 差が開く! ヒヒインフェルノを軽々かわしたフジジールが追いつけない! 開く開く! 差が開く! 絶望的な脚の違いだ! 吉武はサンブルエミューズに鞭を使わない! 必死に鞭を振るうフジジール坂本を嘲笑うかのように! たった今三馬身差でゴールイン! 脚の回転が早すぎて薄曇りの中の残光で八つ足にも見えましたサンブルエミューズ! 重馬場とは思えない脚! 二着はフジジール、三着はサラマンドラでした!』




「それでは勝利騎手インタビューに移ります。吉騎手、勝ちきれなかったサンブルエミューズでの勝利。おめでとうございます!」


「ありがとうございます。元々地力はあるなって馬だったので強い競馬ができて何よりでした」


「簡潔に言って今回の勝因はなんだと思われますか?」


「そうですね。クラブのトップの鈴鹿さんがとっておきをサンブルエミューズに仕込んでくれたことですかね」


「とっておきと言いますと?」


「それは秘密ですよ。桜花賞でも見せることができるかもしれないので期待しといてくださいってことで」


「なるほど。狙うのは勿論?」


「ええ、牝馬三冠ですね」


「大きく出ました吉騎手! 退場なされます、大きな拍手でお送りください!」




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