チューリップ賞パドック解説

『雨が上がりました阪神競馬場。馬場は重、ターフはかなりのバッドコンディションでの国際グレード2、チューリップ賞。新世代の萌芽を感じさせる顔ぶれたちをご紹介しましょう。

 1枠1番、ゼム。鞍上には期待の若手騎手、雨宮を迎えての格上挑戦です。最内枠の理を活かせるか。

 1枠2番、フジジール。前走のフェアリーステークスでは惜しくもクビ差二着でしたが今回も好走が出来るのか、期待の一頭です。

 2枠3番、ロードトゥザトップ。適性距離3000メートルと言われたステイヤーがマイルに何故か殴り込み。トリックスターとなりうるのか。

 2枠4番、ステイディット。通算成績五戦二勝のこの馬ですが、連対率は百パーセント。今回も手堅い競馬を期待しましょう。

 3枠5番、イグザミネーション。気性の荒さは天下一品、鞍上の川地が制御しきれるのかに全てかかっているぞ。

 3枠6番、ロングロングアゴー。ここまで目立ったなしのこの馬ですが、調教師の血を信じてくださいの言葉で六番人気に推されての出走です。はたして二冠馬の父の後を追えるのか。

 4枠7番、スミナスメイズ。オーナーの行ったお百度参りの効果が出すぎたのか、少々イレ込んでいます。

 4枠8番、フルグラップ。その名前の通りに三戦三勝と勝利を掴んできた強者です。堂々の二番人気です。

 5枠9番、アニサング、ベトナム語で光を意味する名前を関する本馬はオーナーにとっての初の重賞制覇への光明となるのか。

 5枠10番、アルケミーロード。前走では見事な差し切り勝ちでした。館岡マジックは今回も見ることができるのでしょうか。

 6枠11番、マッスルクイーン。筋肉は裏切らない、五六〇キロを上回る馬体重でターフの上を巡ります。鞍上は乗り替わりで沼付騎手です。

 6枠12番、サンブルエミューズ。鞍上が乗り替わりまして吉武、雨が苦手な雨女をレジェンドは御しきれるのか。実力はある馬ですが馬場の状態での評価で四番人気です。

 7枠13番、アイドル。白毛で目を引く本馬は実力も注目されています。背中には阪神1600メートルの不幸から見事復活したこの足立! 一番人気での出走です。

 7枠14番、サラマンドラ。母エンスパイアレディはチューリップ賞の勝ち馬です、親子二代制覇になるか。

 7枠15番、スターフライト。網地島調教師はこの馬は成層圏まで駆け上れるほど軽快な走りをすると豪語しました。レースでその真価を見せていただきましょう。

 8枠16番、ミックスナッツ。父カシュウ、母父アーモンドレッド、母クルミチャンのいいところが全て出たと関係者に太鼓判を捺されたこの馬。追いきりの上がりは3ハロン33秒22とこの時期の馬では破格の数字を見せつけてくれました。好走は必死ですがイレ込んでいるため人気薄での出走。

 8枠17番、ヒヒインフェルノ。鞍上のロメール騎手は敗れて泣くことは無いほどに強い馬ですヒヒーン、と追いきりのインタビューではスベっていたがターフ上ではしっかりと地面を掴めるのか。今回五番人気です。

 8枠18番、トリプルスリーサン。三を愛し三に愛された牝馬トリプルスリーサン。未勝利戦以外全て三着入選のこの馬、是非とも一着を勝ち取りブロンズコレクターの汚名返上といきたいところ。しかし今走も三番人気です。』




(さて、どう乗るか……。阪神1600で12、微妙な枠番だ。メインかつ大雨で内が荒れているし、先行策でロングロングアゴーをマークする……、これが一番丸い作戦。だがロングは先行馬だが逃げも出来る、彼女より内に逃げ馬はいないしマーク潰しの選択肢として逃げも十分にあり得る。

 難しいな。隣にアイドルがいることもかなり不利に働いている。足立君は桜花牧場と近いからサンブルエミューズのスペックを知っていても不思議じゃない。最悪外にピッタリつけられて風よけにされるかもしれない。

 うーん、困った。鈴鹿さんから託された秘策はなるべく切るべきじゃないんだよな……)


 パドックの周回を見守りながら吉は顎に手をやり、深くレース展開について考える。

 これから吉がサンブルエミューズと共に挑む阪神1600メートルは外回りコース。直線が474メートルで中山の次にキツい勾配を誇る急坂が存在している。つまるところ、差しや追込脚質が有利。結論としては先行を得意とするサンブルエミューズには多少不利なコースである。

 この道数十年の吉としてもそのようなことは理解しており、経験とシミュレーターで培った脳内のエミュレーションで手札を切らずに済むにはどうすればいいかと懸命に答えを探しているが、そんな甘い考えが通るはずもなく。最終的に吉は大きくかぶりを振って、真っすぐとサンブルエミューズを見据えた。


「作戦決まったみたいですね」


 その光景を見ていた足立が嬉しそうに吉に語りかける。吉は口角をヘシ曲げて溜息を吐きながら。


「君が二つぐらい内に行ってくれれば考えなくてよかったんだけどね」


「今日は俺がラッキーボーイってことで許してくださいよ。

 ……それに、なんか隠し玉があるんでしょ?」


 不意に据わった目になり探りを入れてくる足立に吉は不敵な笑みで牽制しながら。


「知りたいなら見せてあげるよ。鈴鹿仕込みの作戦って奴をね」


「うっ……。鈴鹿さんの作戦……? ……ダメだ、ボコボコにされる光景が……」


 眉間を揉んで動揺を鎮める足立。吉はそれを見て少し引いた。


(何か知らんけど随分トラウマ抱えてるな足立君)


 吉は知る由もないが、鈴鹿はシミュレーターで収集された足立の競走別データを駆使し、最強の足立ゴーストを作製して足立に挑ませた。結果は本人の大敗、羅田にゴーストデータを超えるようにと激励されて足立は二か月かけてなんとか勝利したのだ。

 なお、栗東に遊びに来ていた館岡がそのゴーストデータを一撃で撃破したのはその場にいた者たちだけの秘密である。

 さらに付け加えるならば、最強館岡と最強吉のゴーストデータは誰も勝てず、スコアホルダーの意味を推して知るべしと挑んだ者を戦慄させたのは言うまでもない。


「ったく、これからやりあうってのに呑気なこった。

 おらおら、雨も止んだんだ。気合入れて俺に負かされろ!」


 パドック周回も最終周になり館岡は騎乗するアルケミーロードに駆け寄っていく。周りの騎手もそれにならい駆け出す。吉も一歩遅れて苦笑しながら走り出した。

 雨は既に止み、空には虹が掛かっていた。


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