地球の重力に慣れん……

「まさか、強くなりすぎて出走回避とは」


 栗東近くの飲み屋で羅田さんと海老原のオッサン、それに何故か吉騎手が加わっての飲み会の最中にPPKの話題を羅田さんが振ってきた。吉騎手も海老原のオッサンも酒の入った赤ら顔で頷く。

 今回のPPKの出走回避はまず聞いたことのない特異な理由での出走回避、一流が揃うと酒のつまみになるのは当然といったところか。


「脚のパワーに蹄が負けるから力加減を教え込まないといけないとはな」


「装備が出力に耐えられないってまさに主人公ですねぇ」


「さしずめ、俺らとサードはラスボスってところか」


「せめてライバルって言ってください。わざわざこっちからホームに出向いてるんですよ?」


 酒も手伝ってか各人が好き勝手に言い出す。羅田さんと吉騎手はいいとして、オッサンは陣営の今後に関わる情報だろうに。

 PPKの出走回避、その理由は脚の出力に対して蹄鉄が負けてしまうから。

 前提として蹄鉄はかなり頑丈だ。馬の脚の力でヘシ曲がるなんてことはほとんど有り得ない。普通はその前に脚から落鉄するしね。

 ところがどっこい、PPKの場合は話が少し違う。彼は蹄が非常に薄く、故に蹄鉄を釘ではなく接着剤で固定する特殊な装蹄を行っている上に、主戦場のアメリカのクレーダートに合わせた特殊な強化プラスチック蹄鉄を装着していた。強化プラスチックは頑丈と言っても金属に勝る耐久性があるわけではない。

 こうなるまでに力が付いたのは俺たちのせいでもある。俺たちのケアを受けたPPKは体幹や筋肉のバランスが強制されて本来の身体のスペック通りに力を出力できる状態になっていた。この状態をあえてフルパワーPPKと呼ぶが、調教中にジョッキーの全力の追いに答えるべく脚を踏み込んだ瞬間に、鞍上からでも聞こえる破砕音が響いて停止。関係者がすわ何事かとコースに集まったら上記の状態だったとのこと。うーん、まさに規格外だ。

 幸運なことに人馬共に怪我等はなく、本来ならばサンタアニタにも出走は可能なのだ。しかし、レース中の興奮によって万が一が起こりかねないので、PPKが出走した際の安全が確認できるまでは陣営として出走を控えると公式発表より前に俺たちに連絡が来たのが市古さんが知っていた理由である。


「実際、サンタアニタじゃあサードは間違いなく勝てるだろうがよ。次のハリウッド金杯が鬼門だな。完全体PPKとやり合うことは確定みたいなもんだろ?」


 完全体って。フリー●かよ。お前は俺に倒されるべきなんだーってか?

 明確にサードの生涯のライバルになることが決まってしまっているPPKに関してふと気になったので、久しぶりに魔法の手帳に疑問を投げかけてみる。


「手帳なんか取り出して急にどうした?」


「いえ、少し気になったことが」


 手帳の左側に質問を記入する。


≪PPKの最速の上がり3ハロンタイムは?≫


 書き込むと同時に答えがスーッと浮き上がってくる。同時に頭を抱えた。


「頭抱えてどうしたんですか?」


 ほろよいヨッシーがヘラヘラと笑いながら俺に問う。俺の言葉を聞いて真っ青になるといいや。


「計算した結果、PPKの上がり3ハロン、31,9ですね」


 直後、大の大人三人の口がスプリンクラーに変貌した。


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