衝撃のサンタアニタ前

「よかった……! 本当に幸永くんが引き受けてくれてよかった……!」


「調教師が馬取られたのに嬉しくて泣くなよ……」


 栗東のトレセンにある海老原厩舎の大仲で当歳馬の話をしていると、ディアや双子たちの話になったので事の顛末を海老原のオッサンと羅田さんに教える。

 羅田さんは面倒ごとの矛先が自分に向かなかったことを心の底から喜んで、皴の増えた眦から涙をボロボロ流し始めた。

 俺と海老原のオッサンはその光景にドン引きである。プレッシャーに弱いのは知っているが泣くほどか。


「アムスのオッサンを通して女王陛下にお伝えしたんだろ? 返事はあったのか?」


「それはもう爆速で。送った動画を暇があれば眺めるほど気に入っているそうです。

 ついでに名前について要望もいただきましたよ」


 思いもよらない溺愛っぷりに俺もウィルさんも笑ってしまったよ。

 ウィルさんはウェスコッティを自分の子供のように可愛がってたから、双子は孫と変わりないんじゃないかと言っていた。確かに、俺もディアに対してはそんな想いだもんなぁ。


「強権振りかざしてんな。まぁ、名前って言っても幼名だろうからあんま関係ねーだろうけどさ」


「流石に競走馬名登録の時はお断りしますよ。牝馬の双子なのでアメリアとイライザとの名前をいただきました」


 女王陛下が可愛がってる双子の親戚の名前だね。それぐらい可愛い馬だよってことかな。

 馬に人の名前を付けるって、採用された側の気持ち的には微妙かもしれないけど。


「で、だ。双子の状態はどうなんだ? 幸永に押し付けるつもりなら虚弱ってわけじゃないんだろうが。まぁ、この業界に生きる身としては珍しい生まれだからな」


 長い付き合いだからか海老原のオッサンは俺の地雷を踏まないことを心掛けて身長に言葉を選んでるなぁ。粗雑に見えて一流の調教師なだけはある。


「元気も元気、ディアとよくじゃれ合ってますよ。タイマンなら追いかけられまわされてますけど、二人揃ったら逆に追い返してます」


「はぁー。あんちゃんが資料にまとめてくれると参考になるんだが……」


「珍しいケースですし動画と資料はまとめて私と関係のある競馬業界人にはお配りしますよ」


 助かるぜ、と右の口角だけをクイッと上げて笑む海老原のオッサン。ルックスがいいだけあってよく似合っている。

 おっと、話が横道に逸れたが今日集まったのは雑談をするためじゃない。


「雑談はこれまでにして、サードとショートの遠征について話しましょうか。市古さんに繋ぎますね」


 スマートフォンのビデオ通話で市古さんに発信する。ワンコールで彼は受話した。


『お疲れ様です。市古です』


「お疲れ。サードの様子はどうだ市古のあんちゃん」


『二週間後に向けてバッチリの仕上がりに持っていけそうだと現地の調教師の方はおっしゃってます。

 海老原先生は八日後にこちらに向けて発つ予定でしたよね?』


「おう、うちの厩務員が見張ってるが市古のあんちゃんも万が一がないように頼むぜ」


 市古さんが出走の一ヵ月も前に日本を発って現地入りした理由、悲しいが先年の桜花賞の流れで起こってしまった八百長事件の残党がまだいるらしく、タレコミでサードが狙われていると連絡が中央にあった。

 俺は即座に魔法の手帳で真偽を確認し、ただの嫌がらせだとわかっているのだが、牧場側としてはそんなことはわからないので万全を期すために市古さん自らが警戒のために出張しているのだ。

 競馬ってカフェインをちょろっと摂取しただけで反則になっちゃうからね。過剰に反応してしまうのも仕方ないんだ。サードにそんなことやりやがったらやった奴を文字通り粉々にするけど。


「それ以外に何か情報入ってきた?」


『もちろんです。特大のネタが入ってきましたよ。

 PPK、サンタアニタを出走回避だそうです』


 市古さんの言っていることが理解できずに海老原のオッサンと俺は顔を見合わせた。


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