これが桜花牧場だ! タブーを踏み倒せ!

流星の双子

「まったく社長も物好きですよ」


「ぼやかない。命預かってるんだから給料分は働きなさい」


 桜花牧場の大仲に設置されている出産監視用のモニターを見ながら柴田がボヤキ、それを尾根がたしなめる。補助に入っている厩務員が苦笑いを浮かべながら人数分のコーヒーをそれぞれ手渡して尾根に尋ねる。


「社長がまたなにかなさったんですか?」


 またと言われるほどやらかしている鈴鹿はさておき。厩務員の疑問に尾根が「ああ」と短く理解したように答えを紡ぐ。


「そういえばアナタはセンガンドリルとモウイチドノコイの担当だったから知らないわよね。

 今年のウェスコッティの出産は特殊なのよ」


「特殊とは一体?」


「双子なんだよ」


 柴田は深くため息をつきながらキャスター付きの椅子に深く座りなおす。厩務員は柴田の態度を疑問に思いつつも、ありふれた一般論を口にする。


「あれ? でも普通は競走馬の双子って片方は潰すんじゃ」


「それ。絶対に社長の前で口にするなよ」


 死にたくなきゃな、そう言って柴田はモニターに向き直る。背中はその話題にあまり触れて欲しくない雰囲気を全身へ身にまとっている。


「潰さないのか聞いたときのアイツ怖かったもんねぇ~」


 弄るように柴田の背中をつつきながら尾根がせせら笑う。その様子で厩務員はああ、社長の逆鱗に柴田さんは触れてしまったかと納得した。

 同時に鈴鹿の前で今思ったことを口にすることは絶対にやめようと心に誓った。誰だって命は惜しいのだ。


「でも双子って九割近くがダメだって聞きましたけど」


 大丈夫。柴田に続いて尾根も頭を抱えながら椅子に深く座り込む。


「アイツの持ってくるいつものトンデモ薬品のおかげで母子ともに大健康よ。ホント医学馬鹿にしてるわー」


 尾根は額に上げていたアイマスクをスッと目元まで下ろし、カハーッとよくわからない息を吐きながら仮眠体勢に入った。


「コーヒー飲んだから寝る!」


「俺もー」


 自由な振る舞いをする二人に厩務員は笑いながら、自身も大仲にあるパイプ椅子に腰掛ける。

 その笑いは初めて体験する双子の出産にどこかワクワクしている自身に対してのものも含まれていたのかもしれない。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「で、産まれたのがこの仔馬たちってわけ」


「うわー、瓜二つですね!」


 ほむらちゃんがニコニコ笑顔で柵内にいる双子の仔馬に近づいていく。幸永騎手と音花ちゃんは微笑ましいものを見たと口角が緩んでいる。

 二月に入って今月末には調教師に転身する幸永騎手はお手馬も減っており、平日の余裕がある日には各地を飛び回って顔つなぎをしているとのことで。先日は北海道の大手ファームやクラブに顔を出したので、次は南の桜花島へ挨拶に伺ってもいいかと山田君を通して連絡をもらったので快諾。時間があると言って音花ちゃんとほむらちゃんに騎乗の指導もしてくださり本当にありがたい限りだ。実際に活躍する人の指導ほど為になるものはないからね。

 指導もひと段落し、幸永騎手が今年の産駒を見たいとおっしゃったので牧場の幼駒放牧エリアに女子高生二人組も連れ立ってやってきたのだ。


「それにしても双子とは……。やはり鈴鹿オーナーはチャレンジャーですね」


「はっはっは。一気に二頭も産駒が増えるんです、喜ばしいことでしょう?」


 幸永騎手は苦笑しながらも「確かに」と言った。

 本来、競走馬の生産で双子は喜ばれるものではない。流産、死産は当たり前、産まれてきても虚弱体質なんてことは双子の出産にはザラにあるからな。

 しかも、近頃は交配前に使用する排卵誘発剤の副作用でサラブレッドは双子が産まれやすい。双子は困る、しかし排卵誘発剤は使いたい。ならば生産者はどうするか? 答えは一つだよな。

 俺はそれを桜花牧場で許すつもりはない。アプリ産の薬を全導入しても安全に出産させて見せる。虚弱だろうがこちとら克服できる手段があるんだよこっちには。


「あ、ディア」


「めっちゃ双子にガンつけてますけど」


 体質などは全く問題ないのだが、ディアが双子に対してマウントを取りたいのかよく突っかかる。それだけならかわいいものだが、万が一怪我などをされると困るので目に余るようなら隔離も検討しないといけない。


「あのこがグリゼルダレジェンの子供ですか」


「ですね。幸永騎手に預けたいと思っています」


 困った表情で頬を掻く幸永騎手。ディアが入厩するまで二年もない、伝説の牝馬の息子を預かるには荷が重いと思っているのだろうか。


「そして、双子も預けたいと考えています」


「なるほど」


 名馬の子供と双子の預託。プラスとマイナスで差し引きゼロにして預かってくれと言われていると納得したのか、幸永騎手はウンウンと軽く頷いている。


「無論、双子も私が鍛え上げて国際グレードに通用するようにします」


「わかりました。楽しみにしてますよ」


 俺が嘯いたとでも思ったのか少し笑いながら幸永騎手は笑顔で預託を了承した。

 ふむ、手を抜くタイプでもないが、少し脅しておくか。


「この双子の親、ウェスコッティなんですよね」


「……待ってください。それ初めて聞きました」


 だって言ってないもん。


「双子で国際グレードに挑んだら女王陛下もお喜びになるでしょうね」


「待って、待って!」


「預かってくれる厩舎が見つかったってウィルさん通して伝えておきますね!」


 舌を出してペ○ちゃん顔でサムズアップする。

 それを見た幸永騎手が地面に膝をついて頭を抱え空を見上げ、口を開いて慟哭する。


「ハメられたァー!」


 羅田さんにこの二頭預けるとショック死しかねないからさ。頑張ってくれ幸永騎手。


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