クラブ馬二頭とやすらぎのひととき
ティムトットリドル、三十九年度産駒でクラブ馬になった内の一頭。牡馬でリリカルエースの仔、つまりショートの弟だ。
父はスピードエース、末脚のキレを生かしてG1戦線を六歳まで戦い抜いた名馬で、スピードエースはリリカルエースの近親に当たる。父父がコラソンと言う欧州の馬でエプソムダービーをレコードタイの時計を出して骨折し、電撃的に引退した閃光のような競走馬だ。
ショートの成績を見てわかるようにコラソンの血統は距離適性幅が広いので、クラブの馬主からはクラシック戦線での活躍を期待されている。
これまでの競走履歴は去年六月の2歳新馬、札幌2歳ステークス、そしてホープフルステークス。主戦は足立騎手で三戦全勝だ。厩舎は当然だが羅田さんのところ。
これから挑むレースは共同通信杯から皐月とダービーを狙い、今年のクラブ馬は遠征の予定なし。
ちなみに名付けの段階で『ダブルエース』がいいと主張したが普通に選考から弾かれた。
次にサンブルエミューズ、ホープフルのリドルとの直接対決ではクビ差で敗北した。牝馬でカンノンダッシュの仔。牝馬ではあるが大手が種付けを渋るので、桜花牧場では貴重な父シャルロウショックの馬だ。あまり気にすることではないけどね。
フィンキー……、ドゥスタリオンの妹だが兄とは似ずに気性はいい。ドゥスタリオンも気性が悪いわけじゃないんだけどね。致命的にアホなだけで。
戦歴は2歳新馬、2歳未勝利、ホープフルステークス、そしてつい先日のフェアリーステークス。勝鞍は2歳未勝利だけだ。メイクデビュー、フェアリーステークスは大雨で重馬場で力を発揮できずに二着。ホープフルも晴れてはいたが水が捌けきれずに稍重のコースだった。未勝利戦の時も曇天模様で、ついたあだ名は雨女。本人は雨大嫌いなんだがね。
そんな彼女はこの後チューリップ賞に挑んで牝馬三冠を狙う予定だ。距離的には間違いなく狙える逸材だ。
ちなみに桜花牧場内では桜花賞の日は雨か晴れかでジュースを賭けた勝負に発展している。俺は降るほうに賭けた。
「決裁印お願いします」
「あいよー」
ボーっとそんなことを考えながら事務所内で犬たちと戯れていると、大塚さんから書類の処理を頼まれた。有り体に言えば、それぐらいしかやることのない俺は暇人なのである。
「平和だねぇ」
「彼女たちが仕事を全て終わらせてライブに行きましたからね」
今日は土曜日、大塚さんの部下の事務員たちは福岡のドームで行われるライブに参加するために朝早くから船に乗って本島に向かった。なにやら好きなWeTuberのライブが執り行われるらしい。名前を聞いても俺も大塚さんもピンと来ていなかったが若者には人気なんだと。
事務員の子たちは絶対に邪魔をされたくないとのことで昨日残業して残務を全て処理していった。執念おそるべし。
「あと数週間もすれば出産でてんてこ舞いですから、今はこののんびりを楽しみましょう」
「そうだね。特に獣医組と俺はね」
サラリーマン時代と比べて力がついてきたから、無理やり幼駒を引っ張り出すときに絶対呼ばれるからなぁ。
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