サードの遠征準備

 種牡馬お披露目から数日経ちサードが再びアメリカに出発する日が目前に迫ってきた。

 サードはカリフォルニア州サンタアニタパーク競馬場でサンタアニタ・ハンデキャップに出走する。サンタアニタH《ハンデキャップ》はダートの十ハロン、2000メートルを走る米国西海岸におけるダート路線の最強馬決定戦だ。通称ビッグキャップなんて言われてる。

 そんなサンタアニタHの賞金額は三十五万五千米ドル。

 そう、三十五万とちょっとなのだ。日本円に置き換えると大体四千八百万円程度。同時期に行われるG2の阪神大賞典の一着賞金のほうが高い有様である。仮にも伝統のあるG1なのにね。

 正直、日本以外の競馬の賞金なんてこんなものだからそりゃみんな名誉目的以外で遠征なんてしないよね。日本は競馬先進国の割にG1の数が少ないから賞金を高くしやすいってのもあるけどさ。


 賞金に対する愚痴はさておき、その遠征費の問題が浮上している。

 サードはサンタアニタHからハリウッド金杯、パシフィッククラシックステークスに挑む予定だ。それぞれ勝利金額はハリウッド金杯が三十万ドル、パシフィッククラシックステークスが六十万ドル。全て勝っても一億と七千万円だ、つくづく利益は出ないな。

 一応ワンミリオン・ワイルドウエストボーナスシリーズといって上記の三競走を全て勝利すると百万ドルが追加でもらえるが……。それでも三億に届かないのだ。

 遠征やめたほうがいいのでは?


「いや、もうスケジュール決まってますから……」


 真顔でそばにいる市古さんに問う。彼は呆れた表情でボールペンの尻でボリボリと蟀谷を掻いた。


「デスヨネッ!」


「確かに社長の財布から遠征費を出してもらわないとクラブの経営二年目で破綻するところでしたけどね」


 一般にクラブの遠征費とは各一口馬主に手出しを求めるものである。選択は全てこちら側とはいえ馬主だからね。

 だが、オウカ組の四馬は海外出走の予定はなくメイクデビューを果たしたため、突然の桜花賞事件で海外遠征が決まったときは費用をどうするかの問題が浮上した。

 初年度だから口数を絞っていたことが裏目に出て、一口当たりの負担が十万円を越える試算になったのだ。とてもじゃないが馬主側に負担が大きすぎる。

 だから特約として俺が三頭全頭の全ての遠征費を払った。まぁ、お金に困ってないからな。アプリのクエスト報酬で文字通り余るほどの金銭を貰ってるし。それで事件後の面倒を避けられたと思えば安いもんだ。

 なおティムトットリドルとサンブルエミューズは口数が四百になったので、完全に俺の手元からは離れている。オウカ冠名は出資の関係上俺の半もち馬みたいなもんだったし、エミューズとリドル以後のこれからのクラブ馬は本当の意味でのクラブ馬になる。いつまでも俺がでしゃばるのもアレだしね。

 話を戻すが、サードのアメリカ遠征は菊花賞に勝ったこともあり、クラブ馬主に負担をしてもらうことに決定した。菊花勝利の配当がそのまま遠征費になる形だな。

 利益を求めて馬主になった人が少なかったおかげか、むしろドンドン遠征してくれって人ばっからしいので反対の声は上がっていないのだとか。市古さんの経営手腕もあるんだろうけどさ。

 ……あれ、遠征に対して一番しり込みしてるのは俺じゃないか?

 

「ショートの失敗を繰り返さないために、イエローローズを帯同馬にして遠征します。ホームシックになることはこれでないでしょう」


「あいつ嫁が居ればなんでもいいみたいだからね」


 横にいるといつも馬っけ出してるし。発情期じゃないのにローズに襲い掛かろうとして俺が何度尻をしばいたことか。


「遠征に際して図太くいてくれるのはありがたいことですよ。代表として付きっきりになるスタッフのメンタルのほうが不安です」


「代わりに行ってあげたいけどなぁ」


「大塚さんがキレ散らかしますけどそれでもいいならチケット用意しますよ」


 市古さんも返しが強くなったなぁ。最初の頃の俺に丁寧に接してくれた彼は何処へ……。


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