あだ名

「そういえば。お耳に入れておきたい事がもう一つ」


 柴田さんも加えて凱旋島の厩務員室で引き続きまったりしていると、思い出したように長女さんが話題を切り出した。


「成りあがりの中華企業が裏でグリゼルダレジェンの購入を画策しているとか」


「へぇ、柴田さん聞いたことある?」


「いやまったく。聞いたかも知れませんが与太話としてスルーしたかもしれませんが」


 まぁ、俺がレジェンを売るなんて有り得ないからね。


「聞くところによるとなかなか汚い手を使うタイプの企業みたいね。桜花牧場に難癖付けて経営悪化を図ってから財産であるグリゼルダレジェンを手放させようと考えてるんじゃないかしら」


「逆に上場もしていないワンマン会社にどうやって喧嘩売るか見てみたいですね」


 どこの企業にも依存してないから叩きどころなんてないと思うが。それこそ日本競馬が潰れるぐらいの事をしてくれないと。


「それよりもなんでレジェンなんです? 手に入れやすい馬なんて他にもいるでしょうに」


「グリゼルダレジェンが中国でなんて呼ばれてるか知ってる?」


 俺と柴田さんが顔を見合わせて首をかしげる。

 呼び名なんて一々調べないからな。


「『絶望』よ」


「んふ。御大層なお名前で」


「笑い事じゃないの。この呼び名が広がっちゃって、グリゼルダレジェンのファンがあっちの国で急増しているんだから」


「あっちの人は俺ツエーが好きですからねぇ」


 国民性が物語の傾向とか見てもそっちよりだもんな。


「だから企業がレジェンを確保できるとCMとかに使えて知名度がグンと上がると」


「端的に言えばそうね。もちろんあっちの国の純粋なファンはアナタと引き離すなんて論外って言ってるみたいだけど」


「社長がレジェンより金取るなんて天地がひっくり返っても有り得ないって思いますけどね。いや断言してもいい」


 心情的にも利益的にも売る理由なんて一つもないしね。


「あっちにもグリゼルダレジェンのファンは多いからアレコレ手を打ってくれてる人もいるみたいだけど……。

 身辺には気を付けてくださいね? 特に海外に行くときは」


「御忠告どうもありがとうございます。次の海外出張からはボディガードを雇いましょうか」


「社長だと銃弾とか素手で弾き返しそうな気がせんでもないですがね……」


 柴田さんは俺をターミネーターかなにかと勘違いしていらっしゃる? 流石に撃たれたら怪我するよ。

 笑い飛ばすように二人に言ったら、彼らの表情がチベットスナギツネ顔負けの渋いものになる。


「大変なのね……」


「慣れてますから」


 二人は俺にはわからない目と目の会話を成立させていた。


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