お披露目の後会談
三頭のお披露目を終え、契約を行う人たちは凱旋島に設置した仮説の事務所へ移動する。今回の種付けを見送る人はバスに乗り一足先に桜花島に戻った。
俺は責任者だが接待は山田君ウィズ広報補佐が担当し、契約は大塚さんウィズ事務員ズが受け持ってくれたのでとても暇だ。
トップが暇なのは健全に運営が回ってるって事だからいいんだがね。
本当は契約の席に俺も立ち会いたかったんだが、大塚さんに社長は馬産者さんたちの経営状況を聞くと同情して値下げするからお引き取り下さいと言われてしまった。参ったな、前科がありすぎる。
そんなわけで、目黒のお嬢さんと凱旋島の厩務員室で茶をシバいているのが現状だ。
話題は馬産者たちの経営状況。当事者から聞くのは参考になるからな。
「なるほど、なかなかにお財布事情は厳しいようで」
「私たちはロナウドが有馬で勝ってくれたので余裕がかなりできましたが、他の方たちはブリーダー一本にならざるを得ないので……。
さきほどの法人所有も私たちに触発されてでしょうね」
有馬記念の一着の賞金は六億円。進上金と呼ばれるいわゆる騎手や調教師に対するお手当がそこから二十パーセント引かれるが、それでもかなりの現金が手元に入る。北海道の別の牧場と比べると目黒牧場は懐に余裕があるのだろう、長女から焦りなんてものは微塵も感じられない。
「あとはロナウドがキッチリと引退してくれるのが願いですよ」
「種牡馬としても人気がありそうですもんね」
SS系の血が混じっていないメグロロナウドは北海道の各スタリオンステーションが入厩してくれと頭を下げて依頼に来るレベルの種牡馬になる。
もしかしたシンジゲートを組むかもしれないな。会話の流れでそう切り出すと、長女さんは怪しく微笑み。
「実はもう来ております。大手を中心にした北海道の大きな牧場から」
「そうですか。その話をお受けに?」
長女さんは俺の疑問に微笑みで上がった口角を裂けるぐらいまで引き上げた。口裂け女もビックリだ。
「ふふっ。先方の提示した額をクイズといたしましょうか。一体いくらだったでしょうか? 口数は五十です」
「はぁー……」
シンジゲートとは、言ってしまえば株売買の馬バージョンだ。
シンジゲートを組んだ際、ロナウドの場合は五十口だとすると。まず種付けの優先権がその口数分貰える。これを一般的に種付け株と呼称する。
もちろん、若く人気のある馬はワンシーズンに種付け回数が二百に上ったりする。二百から種付け株の六十を引くと百四十が余り、これを余勢株と呼ぶ。この種付けによる利益はシンジゲート内で種付け株の持ち主に分配することになる。株で言う配当だな。
つまり、ロナウドのように血統が優秀かつ主流から外れている馬はこぞって種付けをお願いされるのでシンジゲートを組んだほうが利益が出るのだ。
「三十七億五千万ってところですかね」
ロナウドは強い走りをするとは言え、未だG1勝鞍は有馬のみ。俺なら一口千五百万ぐらいなら付けてもいいと思うのでその値段にして、一般的なシンジゲートの一口の値段は種付け額に五倍掛けなので七千五百万に設定して五十掛けでこの値段。遠くはないはずだ。
案の定だが、長女さんは驚いた顔をしている。
「お見事、そのままの値段です」
ドヤ。まぁ、大手が囲い込むならこのぐらいの値段は覚悟するだろう。
目黒牧場は俺と仲がいいから、引退後は凱旋スタリオンステーションに入厩させるなんて言われたら大手側は顔真っ青になるだろうし。
「ロナウドは来年も走りますから。値段を吊り上げて差し上げようと思いまして」
「ほう。自信満々ですね」
「ええ。ですのでオウカサードには精々生きのいい踏み台になってもらおうと思っております」
突然の宣戦布告に思わずお茶を吹き出す。
咽ながら前を向くと、真剣な表情で長女さんはこちらを見つめていた。
「本当に踏み越えていけるとでも?」
「行けますよ。ロナウドなら」
あまりの息の良さに長女さんに負けないぐらいに口角が上がる。
「今年の有馬。そこで決着をつけましょう。
菊の冠は冬で枯らせて見せます」
「菊の王冠はドライフラワーにして冬にも楽しめるようにしてありますから。枯らすなんて不可能でしょう」
二人が二人、好戦的な態度でどちらともなく握手をする。
新年早々年末の楽しみができたな。
「社長~。うわ、二人して極悪人みたいな表情してる」
柴田さん、それは失礼じゃない?
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