それぞれの旅立ち
種牡馬お披露目
「はーい、お待たせしました! それでは今年の桜花スタリオンステーション種牡馬のお披露目を開始しまーす!」
山田君が凱旋島のスタリオンステーション前広場で大声を出して告知する。集まった馬産者の方たちは待機中に配布された豚汁を啜りつつも、目を輝かせながらステーションの出入り口を見やった。
「社長、契約書を記入いただくブースですが少し寒いのでヒーターも追加でお願いしてきました」
「ありがとう。寒波とは間が悪いねぇ」
まったくですと言いながら大塚さんも豚汁を啜る。今日は寒波が襲来しているとのことで雪こそ降ってはいないがかなりの寒さだ。その温度は四度、九州の日中にしてはとても低い。
今回は目黒さんの知り合いの馬産者さんを集めたプレ種牡馬披露会なので、実質身内みたいな人しかいないから気持ちは楽だけどね。本番は三月末の予定だ。
予定を反芻していると目黒さんの長女である喜久子さんが見学者の一団からこちらに歩いてきた。寒さには慣れているのか顔色は全然変わっていない。
「鈴鹿さん、これ渡しておくわね」
「ありがとうございます。お手数おかけしました」
「いいのよ」
喜久子さんから渡されたのは三月末の本番でこちらに来訪予定の北海道の馬産者リストだ。ありがたいことに七十組以上の申し込みがある。
まぁ、初のお披露目ってことでチャーター船の費用は桜花牧場の経費で出すからな。タダで桜花島に来島できると物見遊山のつもりで訪れる人も多いだろう。こちらもそのつもりで応対するしね。
逆に言うと、今回のお披露目に来てくれた人たちはほぼ契約するつもりで来ている。レイリー、アーヴル、ビティの三頭の誰を付けるのがいいか、財布や血統表とにらめっこしながらよく悩んでほしいな。
「それではビティから参ります!」
山田君の掛け声と共にステーションのドアが開き、ビティを引き連れて柴田さんが広場まで出てくる。補助の厩務員が馬着を脱がし、ビティの仕上がった馬体を観客に見せつけると思わずといった感じで「おおっ」の声が漏れ聞こえた。
「素晴らしい馬体だ……」
「本当に凄い馬体のケア術ですね」
「ぜひどうやっているか教えてもらいたいものだ」
中堅の牧場で何頭も繁殖牝馬を抱えている馬産者たちが頷きながら、桜花牧場のことを褒めてくれる。
アプリ産の水飲ませてるだけだから教えてと言われても絶対に無理なんだがね。
「うちのに付けるとビティヘイリッソンを付けたら完全なアウトブリードか……」
「オメェのとこの牝馬はDI系の血が入ってないよな? 付けてセリに出したらあっこが買うんでねぇか?」
「売りだけで考えるのもありだな。あそこが仕入れた輸入馬はDIの前の前でクロスするし薄め液は高く買うだろ」
「そう考えたら俺たちは庭先メインだからよぉ、ビティヘイリッソンしか選択しないよな」
「レイリーもアーヴルもDIの上のSS系混ざってるから走らせるならともかく売りメインの俺らじゃ扱いに困るわな」
「……なぁ、俺らで法人格取得してそれぞれのところの産まれてきた馬の良さそうな奴を中央に出すってのはどうだ? あっこに売るにしても牡馬だと価値を出さねぇと買い叩かれるだろ? それは悔しい」
あらあら、ライバル増えちゃいそうだね。
それより大手のことを隠語でやり取りしてるけど、別に俺は気にしないのになぁ。
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