山田との久しぶりの雑談

 そんな穏やかな土曜の午後を過ごしていると事務所の玄関ドアを開けて誰かが入室してきた。

 最近忙しくて髪の毛を切る暇がないと噂の山田君だ。メッセージアプリで会話はしても実際に会うのは種牡馬お披露目ときぶりだ、しかもあの時は会話してないし。全国飛び回ってるからね彼。


「お披露目ぶりかな山田君。髪の毛伸びたねぇ、肩まであるじゃん」


「あの時も忙しくて雑談なんてやってる暇なかったですからねー。髪の毛も切りたいんですが営業時間中に行ける暇がなくて」


「床屋のおっちゃんに伝えとくから今日の夜でも行ってきなよ。

 ほいで、何用だい? ワザワザ事務所に来たってことは重要なことなんだろう?」


「はい。サードとショートの広報班遠征費用をまとめた書類とエミューズとリドルの写真を螺子山さんに撮影していただく許可をいただきに。

 あとやること多すぎで広報室がピリピリしてるので逃げてきました」


 絶対最後が一番の理由だろ。広報班は産まれてくる仔馬の現状をSNSで報告したり、馬たちの写真撮影したりで本当に忙しいからなぁ。

 確実に獣医組の次に忙しいし、外へ向けての営業があるからね。彼らの活躍で桜花島の評判を堕とそうとする奴らを防げているのもまた事実。

 実際、桜花島に対する誹謗中傷はかなり多い。稼いでいる企業にはつきものだけどね。その都度悪質なものには警察に対応してもらっている。大体そんなことする奴らは失うものがない人間だからあまり効いてないのが法治国家の辛いところ。


「サードは西海岸最強に辿り着けそうですか?」


 これが本当の目的か。馬狂いの山田君にとって、サードの目標である日本馬初のワンミリオン・ワイルドウエストボーナスシリーズ達成が為されるかどうかがが気がかりでしょうがないんだろう。

 週間漫画の続きが気になる中学生みたいなもんだ。可愛げがある。


「どうだろうねぇ。PPKもエクステリオンブルバも出走予定らしいし」


「東から西に大遠征ですか……」


 大塚さんは物好きなと言いたげに膝上に飛び乗ったバイアリーを撫でながら嘆息する。

 日本からカリフォルニアは倍以上の距離移動するんだけどね。オーナーなんて物好きしかしないし、大塚さんの言いたいことは間違っていないけど。


「PPKはプリークネス、ハスケル、トラヴァースと立て続けにG1勝利を挙げ、今ではアメリカを代表するテン・マイル・キングだよ。軽々しく勝てるなんて言えないねぇ」


「そんなに強いお馬さんだったんですね」


「オーナーが見ているとレースでやる気を出すそうだよ」


 二人はあー、と小さな声を漏らす。


「前例ありますもんね、身近に」

 

「オーナードーピングって奴ですね」


 そんなものはない。笑いながらこっちを見るな。

 薬物検査に引っかからないドーピングがあってたまるか。


「となると西海岸の栄光はサードとPPKで取り合いって事ですかね?」


「ブルバは早熟場だったのか調子を落としてるしね……。掲示板は外してないから弱くはないんだけど」


 PPKと同じレースを走っているが二着、四着、三着と好走はしているが勝ち切れていないんだよな。今は放牧で調子を立て直そうとしているらしい。


「三月の遠征より二月の国内レースを気にしなくていいんですか?」


 大塚さんがバイアリーを床に下ろしてタイピングを再開しながら最もなことを言う。


「あー……」


「大塚さん。うちの子たちに限っては身内で食い合わない限り三歳馬の春までは負けはほぼないんだよ」


 手をピタリと止めて大塚さんが頭の上に疑問符を浮かべる。


「なんでです?」


「俺の仕入れている水のおかげだね。アレは筋疲労を急速に回復するから筋肉が付きやすくする水なんだ。

 つまり、通常の馬たちは身体が出来上がるのに早くても皐月賞ぐらい、遅ければ四歳馬までかかるけど、端的に言うと桜花牧場の馬はゲームで例えるならとステがマックスで最初から勝負に挑めるってわけ」


「……ズルくないですか?」


 とはいっても仕上げるのも含めて競馬だしね。古馬に入ると出来上がった馬も多くて簡単には行かないし。

 能力の上限も馬に寄るから無敵の戦法でもないんだよなぁ。



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