クリスマス有馬決戦

 有馬記念当日。前日は中山大障害で平地重賞馬が勝利したりして大いに盛り上がったが、今日の盛り上がりもすごいらしい。

 流石に上限いっぱいではないが、中山競馬場を埋めつくすほどの観客が詰めかけているとのこと。競馬人気もあるが世界でも注目される一戦って銘打たれてたもんなぁ。

 今回、俺は桜花島でお留守番だ。年末だから人手は多いほうがいいし、クラブ日報のコラムの締め切りが近いんだ。新年のコラムは一ページ埋めろって頼まれてるから時間がかかる。

 なにより、最強寒波が近づいているので外を出歩きたくない。暖かいところから応援してるぞショート、ノンバイプレイヤー。

 そんなことを考えながら暖房の効いた事務所の中でキーボードを叩く。ゴドルフィンが膝の上で寝ているからそこだけとても暖かいのはご愛敬。

 そのまましばらく仕事をしていると事務所の内線に連絡が。珍しいな。

 受話器を取って事務所ですと言う。通話先は尾根さんだった。


「回診のお礼だってケーキもらったんだけど食べない? ワザワザ本土で買ってきてくれたらしくてダメにしちゃうともったいないのよ」


 どうやら島の飼い犬を診察した時にケーキをもらったそうだ。島の動物に関しての診察料は俺のポケットマネーから出してるから無料なので、飼い主さんのせめてものお礼のつもりなんだろう。

 せっかくだし有馬記念を見ながら食べようと尾根さんに言って、一時間後に厩務員休憩所に集合の約束をした。

 大塚さんは私用で休みだし、他の事務員の子たちはクリスマスデートで本土行ってるので、犬たち始祖三頭の面倒を見ないといけないから事務所を長く空けられないんだよね今日。





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「結構いいケーキよ。味わって食べなさいよね」


 一時間後、厩務員室で尾根さんが持ってきたケーキは綺麗にチョコがコーティングされた生チョコホールケーキだった。なにやら賞を取ったパティシエのお店らしく、飼い主の方が買いに行ったときには残り二つでギリギリだったとのこと。二千個ようしてたのに。

 二千個作って昼前に売り切れたのか……。超人じゃん凄いな。ボソッと呟く。


「アンタが言うか……」


 呆れた顔で尾根さんがケーキを頬張る。瞼が高速でピクピク動いたので美味しいんだろうなぁ。

 どれ、俺も一口。


「デリシャス!」


「浅間もデートなんかしなかったらこれにありつけてたのにねー」


 浅間とは尾根さんの相方で、牧場の獣医である。彼女が入社してくれたおかげで尾根さんはまともに休みが取れるようになった。

 今年二十七歳で結婚予定の彼氏がいるとかいないとか。


「尾根さん結婚とかしないの?」


「はいハラスメント」


「そんなー」


 二人でゲラゲラ笑う。お互いに結婚とかどうでもいいと思ってるタイプだからな。


「おっすおす、さっみーわ外は」


 柴田さんが厩務員室に入ってきた。唇が真っ青で外が寒いことがうかがえる。

 インスタントコーヒーと砂糖を紙コップにセットし、ポットからお湯を出してマドラーで混ぜる。柴田さんにそれを渡すと嬉しそうに啜った。


「いやぁ、生き返ります。ちらほら雪降ってきましたよ」


 厩務員室のプレハブ小屋の窓から外を見ると確かに白いものがポツポツと天から降ってきている。


「あらあら、アタシは泊まりになるかもね」


「原付だと凍ったら厳しいので最悪俺もです」


「そんときゃ俺が晩飯を買ってきますよ。タイヤスタッドレスですし」


 あっはっはと三人で笑いながら間もなく発走する有馬記念をテレビ越しに見つめる。

 年末総決算、レース場にも雪が降っているようだが観客の熱で溶けてしまいそうだな。


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