譲れないライン
「どもども、鈴鹿です。彼女は大塚さん」
「こんにちは。桜花牧場の事務員の大塚です」
「ど、どうも。お世話になってます、柴田です……」
福岡の博多にある喫茶店で俺と大塚さんは、柴田さんの弟と顔合わせをすることにした。
今がその当日で、俺たちがやってくるより先に待っていた弟さんと大塚さんが挨拶を交わして打ち合わせを始める。
俺? 柴田さんと一緒に、大塚さんの説明している税金や資金の話が右耳から入って左から出てるよ?
農地の貸借の届けだとか想定資金の相談だとか詳細な話をしているが、俺はお金集める係だから知らない! アプリくんが桜花牧場の申請してくれたから一切関わってないし! 困ったら大塚さんが全部教えてくれるし! あれ、大塚辞めたら桜花牧場ヤバいのでは……?
「どうされました社長?」
嫌な考えを振り切っていると柴田さんが俺の様子がおかしいことに気づいたのか話しかけてきた。
「いや、凱旋島の開発のことを考えていてねー。柴田さんはどうしたほうがいいと思う?」
「凱旋島にはスタリオンステーションも大規模放牧地も既にありますからね、何も考えずに牧草の畑でよいのでは?」
「やっぱそうだよね……」
新しく生えた島『凱旋島』には俺の認知しない設備が元より備わっていた。スタリオンステーションと何十ヘクタールにもなる大規模放牧地だ。
この設備のおかげで海外種牡馬も簡単に受け入れられるようになった。国内は北海道の大手が桜花牧場になるべく流行血統を付けさせないために動いてるからな。おそらく、有名どころを抑えて血を混ぜないようにして、DI系で詰まった血を薄くしたいんだろうなぁ。
まぁ、レジェンの血統は奴さんらには売らんがね。
「……失礼ですが、その預金額だと経営は厳しいものになると思われます。引き続きお勤めになって、私としては預金額の倍額は貯金をオススメします。
あまり強くは言いたくはないのですが見通しが甘いですね」
大塚さんがキッツいこと言ってるなー。見通しが甘いのは肯定するけども。
彼の預金は約五百万円だそうで、開業にそれぐらいのお金がかかるんだよね。そこまでは俺も調べた。そこから繁殖牝馬に種馬券、病気になったら自己負担だし余裕がないと絶対に一頭目が産まれるまでに息切れする。
俺はお金だけはあったからね、最初から好き勝手したけどさ。最近成功してるからって俺を参考にして夢見る若者が多いけど、ハッキリ言ってアプリありきのスタートだったから参考にしちゃいけないやつ筆頭だよ俺は。
外から見たらわかんないから目指すんだろうけどね。甘い考えを折るのも先人の勤めではある。
「そう、ですか……。わかりました……」
いやに落ち込んだ表情をする柴田弟くん。これは訳アリだな?
「健斗、なんでそこまで開業を急ぐ? お前はまだ二十九だろう、独立まで慌てなくてもいいんじゃないか?」
弟君はかぶりを振って、理由を話し出す。
「レインクルッセって兄貴は知ってるか?」
「いや……。競走馬か?」
「2032年のスワンステークスを獲った馬だね。鞍上は吉騎手」
「お詳しいですね。彼女が繁殖牝馬から外れることになってしまったのです。来年の仔馬を産んで独り立ちしたら……。その……。
あの子は私に良く懐いてくれて、できれば引き取りたくて!」
ハイ決定! 桜花牧場は彼の独立を完全に支援します!
「柴田さん、北海道でサラブレッドを育てていたけど人手不足で休業している牧場を調べて! 大塚さんは農営計画書を制作するのを手伝ってあげて! 俺も羅田さんや海老原さんの伝手に心当たりないかあたってみるから!」
喫茶店の中で電話するのは迷惑なので外に飛び出してスマートフォンを操作する。 急がねば!
「ど、どうしたんです!? なんで急に手伝っていただけることに?」
「お気になさらず。社長の譲れない選択肢が提示されただけですので」
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