門への道筋
ファーストの快勝がニュースで取り上げられてから二週間経った。
二歳馬になった仔馬たちの最終の庭先取引を来週に控えており、最近ではあまりなかった牧場の慌ただしさがいやに懐かしい。
「社長! トックが逃げたので追いかけてください!」
「はーい」
柵内を走り回る仔馬を捕まえるために全力で追い回す。トックとは今年の春に産まれたレアシンジュの初仔だ。
母親に似たのか、どんな時も前を目指して進む競走馬向きの資質をもっている。螺子山さんが既に購入済みなので、レジェンの初仔がクラシック戦線を外れるとしたら古馬とクラシック馬で対戦するかもしれないなー。
いつまで逃げとんじゃオラぁ! 横に並んで無口を掴み、数回引いて速度を落とすように指示する。
「ナイスです社長!」
バテバテになった厩務員が走ってきて俺が押さえている無口頭絡に引き手を通す。
「助かりました……」
「トックは元気だねぇ」
「母親の血ですかね。いやに先頭を走りたがるんです、それに釣られて他の馬も走り出すからこの子から馬房に入れないとならないんですが、後ろから私たちが近づくといつも遊びだと思って逃げ出して大変で」
「お前…」
つぶらな瞳で「俺、なんかやっちゃいました?」みたいな表情をするんじゃないトックよ。
ここは一つ、ガツンと教えこまないとな!
「トック、怪我しないように遊ばないとダメだぞ!」
「違う、そうじゃない」
厩務員がえらく重いため息を吐いた。
ーーーーーーーーーーーーー
「凱旋門のスケジュールです。まずは前哨戦として九月の二週にフォワ賞で一叩きします」
海老原のオッサンとネットで映像を繋ぎ、ショートの凱旋門賞に向けたスケジュールを詰めていく。
「例の事件でホープフルからまったくレースをしていませんからね、前哨戦は必須です」
「同意見だ、俺は最悪フォワ賞は負けてもいいと思ってる。市古のアンちゃんには悪いがな」
「いえ、無敗での凱旋門賞馬というのも価値がありますが、それを狙って勝てるほど世界の壁は低くないですから」
市古さんも競馬に詳しくなったねぇ。
「今回の凱旋門賞もヤバい奴が揃ってる。油断なんざ一切できないぞ」
「エクリプスステークス勝者のムラッハ、キングジョージ&エリザベスを獲ったグランニョギルに、ディアヌ賞獲ってヴェルメイユ賞にも出走するであろうシーレギオンでしたね。
いや強敵でなによりです」
「シーレギオンはレジの字のジャパンカップで戦った凱旋門賞馬のシースタイルの全妹。ムラッハとグランニョギルも血統に凱旋門賞馬がいる。
血統だけで言えばショートに勝ち目はないな」
悪ガキのような笑みを浮かべて海老原のオッサンが言う。
「血統だけで崩せるほどあの門は脆くない、ですよね?」
「がっはっは! そのとおり! ショートの脚なら風穴空けてやれるけどな!」
「怪我しちゃうから蹴らせないように」
「バカ言え、俺が捕まっちまうよ」
二人で大声を上げ笑う。市古さんが眼鏡のズレを直しながら咳ばらい。
「ごほん、話を戻します。フォワ賞、凱旋門賞ともにロメール騎手に騎乗をお願いし、了承していただけました。現段階で用意できる最高の騎手です」
「吉も乗りたがっていたが、実に間が悪くてな。来年にしとけって言っといた」
「高い約束手形ですね」
「払うのは鈴鹿のアンちゃんだからな! 言うだけタダよ、がっはっは!」
ホントこのオッサンは…。
「で? スーパーホースマンのアンちゃん的には凱旋門はどうみる? 勝てそうか?」
「条件次第ですね」
「条件?」
「天気ですよ」
ああ、海老原のオッサンは画面の向こうで帽子を取ってボリボリと頭を掻いた。
「レギオンは晴れに強いからな」
「逆にショートは雨に強いです。フランスは雨季が長いので期待はできると思いますが…」
「神のみぞ知るってことだな」
アプリのショップで逆テルテル坊主とか売ってないかな…。
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