グリゼルダレジェン列伝:中編

 クラシック戦線


 グリゼルダレジェンの三歳の始まりは桜花賞ステップレースのチューリップ賞だった。

 グリゼルダレジェンの取得賞金は十分に足りており、桜花賞に直行でもよかったのだが、年末から桜花牧場に帰厩した際に甘やかされた結果、馬体重が最大で510キロまで膨れ上がってしまい一叩きしないと体重調節が難しいと羅田と鈴鹿の判断での出走と相成った。

 また、このときに主戦の浅井は阪神ジュベナイルフィリーズの自身のミスから、チューリップ賞で結果を残せなければ主戦を降ろしてくれと鈴鹿に申し出ている。

 不退転の覚悟を抱いて浅井が騎乗したグリゼルダレジェンはチューリップ賞出走直後に好スタートを切るとレアシンジュ、エボルブマリン、グレイトフルエリーが彼女を追走。最終直線まで四頭大逃げの珍しいレースの形になると、残り100メートル時点でグレイトフルエリーが失速。そのまま残り50メートルのところでグリゼルダレジェンが頭一つ抜き出て、最終的に二馬身差をつけてゴールし桜花賞への弾みをつけた。このレースはレースレコードを更新し、今もなお破られていない。

 

 つづくクラシック一戦目の桜花賞ではハナをレアシンジュが奪い大逃げを敢行。中団に控えていたグレイトフルエリーを駆る吉が鞭や視線で馬群を広げる通称「吉マジック」を巧みに操りグリゼルダレジェンの進路を塞ぎ、グリゼルダレジェンは絶体絶命の状況となった。しかし、残り200メートル地点で抜け出してきたグリゼルダレジェンはレアシンジュの後方につくと鞭を入れ加速。負けじとレアシンジュも鞭が入るがハナ差でグリゼルダレジェンの勝利。父ゲイリーヘルのような弾丸じみた疾走は競馬関係者に改めて強烈な印象を植え付けた。


 クラシック牝馬二戦目のオークス、グリゼルダレジェンは特殊な合金で作られた蹄鉄を使用して初の出走。出走前にはマイル戦線で大暴れしていたグリゼルダレジェンが、実はクラシックディスタンス向きでマイルは苦手な部類と鈴鹿が発言し業界が揺れるなど大きな騒動になっていたが、優駿牝馬は歴代でも随一の名馬が集まることとなり。関係者は流石のグリゼルダレジェンでも敗北はあり得るのではないかと考える者は少なくなかった。

 だが、蓋を開けてみると一切の苦戦はなく、余裕を持っての勝利。最終直線ではグレイトフルエリーとの競り合いになったものの、レース後の様子は疲労困憊のグレイトフルエリーと余裕綽綽なグリゼルダレジェンが相対的になり、翌日の競馬新聞では勝利者インタビューの浅井騎手の発言と合わせて記載され、手を抜いて競走したと炎上した。

 そのことに対し同レースを走った吉や館岡は自身らの言葉で擁護。騒動は大きくなることはなく沈静化することになった。


 翌週、東京優駿にグリゼルダレジェンが出走登録をすると、何度目かわからないほどの激震が業界に走る。

 前代未聞のG1連闘、加えて疲労がある状態で日本の騎手の誇りである日本ダービーに出走する姿勢を競馬新聞の多くは痛烈に批判。再び炎上かと思われたが、関係者やファンは前例のないこの挑戦を前向きに受け止めており、まったく相手にしなかったために時間と共に炎上の雰囲気は風化した。

 そして、出走。ダイチサンショウやトップオンミーなどの優駿たちに囲まれた唯一の牝馬だったが、得意の最後方からの大外強襲で最終直線に四番手で進入するとトップオンミー、ビュティアイランド、マインズアイスを抜き去り見事に東京優駿を勝利。このことで、三十一年ぶりの牝馬でのダービー勝利、現行のレースローテーション[*9]での史上初の変則クラシック三冠[*10]、羅田厩舎初めてのダービー馬となり、レース場は浅井コールで揺れ。ウイニングランを終えた浅井が左手で四つ指を立てると割れんばかりの大歓声で東京優駿は幕を閉じた。

 

 クラシックを走りぬいたグリゼルダレジェンは夏は全休し、再始動はG2の府中牝馬と定められた。

 これには理由があり、優駿牝馬を終えた後のグリゼルダレジェンは腑抜けた状態になり走るのが難しい状態になっていた。一度手を抜けと指示し緩い走りで完勝してしまったために馬自身がレースを舐めてしまっている状態だったと羅田は後に語ったが、鈴鹿の頑張ればレアシンジュと再び戦えると教えると全力で東京優駿に挑んだという経緯がある。

 無論、相手は馬なので言葉がわかるはずもないだろうが、鈴鹿とグリゼルダレジェンの長年の信頼関係が通じ合わせたのだろうとその場に居合わせた海老原調教師は自身の著作「イカれた馬頭観音」で語った。


 史上初のクラシック四冠を捨てて挑んだ、終生のライバルとの最終戦である府中牝馬。レアシンジュはこのレースで引退することは決定しており、陣営は悔いを残さないように全力でレアシンジュを仕上げてグリゼルダレジェンを迎え撃つ準備を行った。対してグリゼルダレジェン陣営も完璧に仕上げており、事実上の二頭のマッチレースと揶揄されることとなる。

 事実それは的中し、レース開始直後にレアシンジュは絶好のスタートを切るとあっという間に番手となるサファイアブラッドに七馬身をつけて大逃げを打つ。そのまま超高速馬場となり、1000メートル時点でのタイムは56秒9というスプリント戦と変わらない殺人ペースとなっていた。

 残り2ハロンでサファイヤブラッドがスタミナ切れで垂れるとグリゼルダレジェンとレアシンジュの一騎打ちとなり、レアシンジュは速度が衰えずに激走を続けるが、後方からそれを上回る速度でグリゼルダレジェンが追走し、まったく並んで同時にゴールをした。

 十数分にも及ぶ写真判定審議の結果、二頭同時入着と判断されて2029年のシルクロードステークス以来の重賞同時入着となった。




[*9]旧クラシックでの優駿牝馬は10月に行われていた。

[*10]クラシック競技は桜花賞、皐月賞、優駿牝馬、東京優駿、菊花賞の五大クラシックと言われる競争の総称。クラシック三冠はそのうちの三つを勝利すればよいが、一般的には皐月賞、東京優駿、菊花賞を勝利することを差す。

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