あとは走るだけ
「羅田先生。お疲れ様です」
「ああ、市古さん。どうもどうも、サードはやる気満々ですよ」
羅田がサードをブラッシングしながら言う。
「それはなにより。明日は出走です、問題はなさそうですね」
「そうですね。ここに来るまでに毎日妨害をしてくれた彼らも退いたみたいですし、後は勝つだけですよ」
羅田を執拗に狙っていたマスコミは〆られた鶏のように沈黙していた。不気味なぐらいに。
羅田はそのことについて疑問を抱いていた。
「そうなんですね。……、いつぐらいですそれ?」
「いつって?」
「マスメディアが寄せ波が退くようにスーッと居なくなった日ですよ!」
「え、ええと。昨日の朝にはもういませんでしたね」
「うわ、うわわわわわ! 嘘でしょ…。本気ですか社長」
羅田は疑問符を頭にうかべて市古に問う。
顔面蒼白になった市古は厩舎の窓辺にヨタヨタと歩き、項垂れる。
「どうされたんです?」
「社長へ一昨日の昼に電話したんですが、マスメディアの妨害に大層ご立腹みたいで…。その時に記者の名前を聞かれて、纏めたものをメールで送ったんですが……。
消しとくって言っておられて…」
「え…」
沈黙が場に満ちる。
弾けるように羅田が笑い出した。
「鈴鹿オーナーが物理的に消したとでも?」
「信じたくはありませんが…」
「あり得ませんね。オーナーはそんな直接的な手を下す人じゃないです」
「その人物像フォローになってないです」
そうですか? と、笑いながらサードのブラッシングの続きに戻る羅田。
窓を見つめていた市古は振り返り、羅田をジト目で見やる。
「最近、社長に似てきてますね羅田さん。
その馬以外どうでもいい一直線な感じ」
「え”!!」
口をあんぐり開けて目を見開き市古の方を見る。
サードはそんな喧騒を聞いて、ため息にも聞こえる鳴き声を上げた。
ーーーーーーーーーーーーー
「クソ! クソ!! クソォ!! いったいどこから漏れたんだ! あそこには誰もいなかった! 完全に人払いをしていたんだぞ!」
「どうするんだ、このままだとこの会社は終わりだ!」
「クソ! なんでこんな羽目に…」
サードの調教を妨害していたガチョウ・ペーパーの幹部が暗い部屋にノートパソコンを置いて大声で怒鳴りあっている。
パソコンには幹部たちが行った不正や汚職の数々がインターネットニュースになってネットの波に乗り拡散されていることが見て取れる。
幹部たちが忌々しげにパソコンの画面を眺めていると。
「な、なんだこれは!」
「ひぃっ!」
パソコンに映し出された映像がグネグネと突然ねじれ、ブラックアウトすると。白い文字で。
『I'm watching≪ずっと≫ you all the time≪見てるよ≫』
そう、表示された。
ーーーーーーーーーーーーー
『よぉ、ミスター。アンタの頼み通りに記事書いて情報流しといたぜ。
ガチョウの頭の連中はてんやわんや、すっぱ抜いた俺たちは一躍ハリウッドスター顔負けの有名人だ』
『それは結構なことですね。お願いしていたもう一つの件は?』
『おうおう、うちの頭も喜んで通してくれたぜ。
アンタのお馬さんが妨害工作受けてたこと載せるぐらい訳ないって感謝してた』
『それはそれは良かったです。断られたら、もう一社潰さないといけなくなりますから』
『……やめてくれよ。玉が縮み上がっちまったぜ』
『はっはっは、よかったらケンタッキーダービーをご覧ください。うちの馬が出るので是非とも応援お願いします』
『HEY、俺はこれでもアメリカ国民なんだぜ? わかってるか?』
『人の引いた国境線は馬には関係ありませんよ』
『Huuu! かっくいー! その言葉を紙面にデカデカと載せさせてもらうぜ! んじゃな! 明日のネットニュース楽しみにしてな!』
ブツリと電話が切れ、鈴鹿はスマホを事務机にゆっくりと置く。
鈴鹿はニッコリと微笑み。
「憂いは絶った」
椅子から立ち上がり、グッと背伸びをして骨を鳴らす。
「サード、頑張るんだぞ」
ケンタッキーダービー出走まで、あと二十三時間。
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