本領発揮

「HEY! レヴィこっちだ!」


 大きな声を上げながら大柄の黒人男性がニューヨークのビジネス街のカフェで若い女性を呼んでいる。

 

「どーしたのよボス。話なら会社ですればいいじゃない」


 長いブロンドを揺らしながらレヴィと呼ばれた女性がテラス席にドスンと座る。

 不満気な表情を浮かべてウィンナーコーヒーをウェイトレスに注文して、ボスと呼ばれた男に顔を近づける。

 苦笑しながら彼もまた彼女に顔を近づける。


「会社じゃできねぇよ。とびっきりの厄ネタだ」


 手元のスマートフォンを弄り、ボスはPDFファイルを開いてレヴィに見せる。

 それを見たレヴィは目を見開き、息を呑む。


「なにこれガチョウの汚職の記録…!?」


「そうだ、ガチョウ・ペーパーの幹部のな」


 ガチョウ・ペーパーはアメリカでトップの出版社である。その幹部の汚職と言うのはマスメディア界隈に激震が走るものだ。

 ボスとレヴィはそんなトップを走る出版社とは対照的な弱小出版社であり、言うなれば真のジャーナリズムを信じて、界隈に嫌われている部類のジャーナリストでもある。


「これを誰が!?」


「聞きたいか?」


「あったりまえでしょ! 裏まで取ってる! 私なんかよりよっぽど記者してるわよ!」


「悲しくならんのかレヴィ…」


 ボスは右手で眉間を揉みながら、娘ほど歳の離れた部下の態度に頭を抱える。


「事実ですもん! で? これ誰が調べ上げたんですか?」


「聞いて驚け。この方だよ」


 ボスはスッとフリックし、写真をレヴィに見せつける。

 そこにはグリゼルダレジェンの顔を撫でる鈴鹿の姿があった。


「は?」


「やべぇだろ? 脱サラして新興牧場主になったスーパーマンだと思ったら、裏で情報握ってるハイパージャーナリストだったなんてよ」


「でも、なんで私たちにこれを?」


 黙って、ボスはメーラーを起動する。


『こんにちは。いや、時差があるから正しくないのかな? 極東から失礼するよ。

 早速ですが、私は日本の馬産牧場の社長の鈴鹿静時と申します。

 面倒な言い回しは嫌いなので単刀直入に申し上げます。ガチョウ・ペーパーが邪魔です。

 彼の出版社の幹部の汚職の情報をお教えしますので黙らせてください。よろしく。

 あ、もし上層部が日和るのならば黙らせる情報をお渡ししますのでお声がけください』


「待って、これ私たちに対しての恐喝じゃない!」


「馬頭観音様は随分とお怒りらしいぞ」


 ボスは懐から新聞を取り出す。四つの新聞社から出されたそれぞれにデカデカと赤丸を付けてある。


「これは?」


「奴さんのかわいい息子の先生を追いかけまわして妨害してたんだよガチョウの連中は。

 つまり、ブッダからのお仕置きを俺たちは押し付けられたってわけだ」


「なにそれ、パシりってこと!?」


「まぁな。けどよ、俺たち三流もこれで名前が売れる。ついでに協力金も俺の口座に既に振り込まれてる」


「こっわ、逃がす気ゼロじゃん」


「星の数いるジャーナリストの中から選んでくれたんだ、光栄に思うべきだな」


「本音は?」


「死ぬほどこえぇよ! その場にいないと知りえない情報まで載ってんだぞ!? 俺たちのことだってケツの毛の数まで知られてるかもしれないんだ!」


「女の子にケツの毛なんて言わないでよ!」


「うるせー! 女の子って歳かよ!」


 ギャーギャーと騒ぐ二人。ウェイトレスがウィンナーコーヒーを持ってきて一言。


「お客様の迷惑になりますのでお静かにお願いします」


 二人は静かに、はいと頷いた。


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