映画後半のランボー染みた反撃の予兆
足立さん大泣き事件から二週間が経ち、彼が退院して島にやってくる日になった。
「もうすぐ港に着くみたいですよ」
「ねぇ…、本当にやるの?」
「当然です」
桜花牧場の事務所で尾根さんと一緒に足立さんを出迎える準備をする。
どうにも尾根さんは足立さんに施す治療モドキが不満のようだ。
「アンタが提案した治療法、やっぱ医者として賛成できないわ」
「俺だってやりたくてやってるわけじゃないですけどね。病院がどうあがいても麻痺は残るって言ってんですからしょうがないでしょう。
事故に遭って、はい、これまでの人生諦めてくださいってのは余りに酷です」
「分かるけど…。アンタ、これ人体実験よ? これがもし知られたら…」
「はっはっは、尾根さん、美味しい水を飲んでリハビリしてもらうだけですよ」
その認識でお願いします。
というわけで、治療法とはズバリ! 馬たちに飲ませている例の水を希釈して足立さんに飲んでもらい、そしてそのまま左腕のリハビリを行って回復を狙う。
医者の見立てでは、足立さんの左腕の麻痺は末梢神経のダメージによるものなので、動物たちで臨床した例の水による回復の範囲には入っているはずだ。
「アンタがいいならもう何も言わないけど、あんまり可哀想だからって入れ込むのは止めなさいよね。
これで治ればいいけど、治らなかったら恨まれるかもしれないんだからね」
「それでも手を差し伸ばしてしまうのが俺の悪い癖♪」
「かわいこぶってもアンタじゃ気持ち悪いだけよ」
辛辣ぅー。
ーーーーーーーーーーーー
「よろしくお願いします!」
やる気全開で尾根さんの城に入ってくる足立さん。それを待ち受ける俺と尾根さん。
「いらっしゃい、腕の調子はいかがです?」
「最悪です!」
背負ったリュックサックから使い込まれた鞭を取り出して、左手で握りこんだまま身体に対して垂直にして静止する。
数十秒その態勢のままにしていると、突然スルリと鞭が手の中をすり抜けて滑り落ちた。
「なるほど、数十秒は静止できるが不意に力が入らなくなると」
「その通りです。とてもじゃないですがこのままだと馬には乗れません、手綱が抜けてしまいます」
「それ以外には障害は?」
背中が痛むぐらいで痺れは特にありませんと足立さんは答えた。左腕の神経だけをやられてる状態みたいだな。尾根さんと見合い、互いに頷く。
自身の状態を詳しく知ってもらうために尾根さんに説明をお願いし、俺は例の水を倍率を変えて希釈したものをプラのコップに準備する。
標準の二リットルに対しての倍率で、百ミリリットルに計算しなおしたものを五つ準備した。
つまり一杯の中身は百ミリリットルだが、中の例の水と割り材の桜花島の天然水の割合が違うってことだ。
希釈の割合は一番弱いものが一対百、一番強いものが一対十だ。馬との体重格差を考えると一対十は馬がそのまま飲んだものと変わらない効果になるはず。
リハビリ…、といっても例の水を希釈したものを飲んで握力グリップをニギニギしてもらうだけだが、俺の考えが正しければ効果が出たときに左手に激痛が走ると思われる。
「では足立さん、こちらの飲み物を飲み切って握力グリップを動かしてください」
まず最初に一対百、番号で壱番と割り振ったそれを足立さんは一気に飲み干して素早く左手を動かす。
「痛みはありますか?」
「いえ…。ああ…」
四回ほど動かした後にグリップは床に滑り落ちる。効果なしと。
「ダメみたいです」
「そのようですね、では次はこちらを」
俺は弐番と書かれたカップを渡す。それを見た彼は少しためらう。
「…これは一体なんの飲み物なんですか?」
「それは聞かない約束のはずですが」
「それは、そうなんですけど」
あの病室で俺と足立さんが交わした契約は『この実験を口外しないこと』と『疑問を抱かずに治療に臨むこと』の二つだ。
諸に人体実験だからバレたら困る。
不安そうにしながらも足立さんは一気飲みして再び握力グリップを握った。
ーーーーーーーーーーーーー
「うーん、これは困った」
用意していた一番強いものまで飲用しても、左腕には多少のムズムズ感が出るだけだった。
俺の予想では痛みを伴っての超回復が起こると思ったんだけどな。
レジェンたちが摂取した際の馬の回復経緯は体力の回復、超回復を伴う身体のダメージ部の修復、回復後に爽快感を得る。このステップを踏んで馬たちは万全の状態に戻っている。
ファーストたちが強かった理由がこれだ。効率的な筋力トレーニングからの超回復で他の馬より成長が著しい。多少の無理もドリンクで回復できるからな。
例えば、よその育成牧場が一週間の内で目いっぱいの調教を二日しか行えずに残りの日を馬なりで流したりしている間に俺たちは連日目いっぱいの調教ができる。
これを育成の初期段階からやっているからそりゃ一般的な調教を施しただけの馬とは隔絶した能力もってるよねってことだ。
他の国の厩舎にも卸しているが、値段が高い上に流している量が少ないし、希釈して与えるように伝えているので、気づいている調教師はいないだろうから桜花牧場の優位は揺るがない。
もっとも桜花牧場でも気性が激しい馬はこの毎日トレーニングを嫌がることが多いので別の方法を取っているがね。
閑話休題。やはり、効果を求めるなら例の水の割合を増やすしかないか。
しかし、これ以上は足立さんの身の安全を保証できないよな…。
あ、最近使ってないアイツに聞いてみるか。
「ちょっと外すね」
「了解。足立さんも少し休憩にしましょう」
「はい」
診療所の裏手に回って、ジャケットの内ポケットに入れておいた魔法の手帳を出して書き込む。
馬に関係ないけど答えてくれるかなぁ?
『アプリ産の水を使って人間の不調を回復できるか』
返答は『イエス』。
『原液のまま人間が飲用すればどうなる』
返答は『過回復を起こして死ぬ』。
あぶねぇえええ! 慎重にいってよかったぁ!
『足立さんの麻痺の症状を癒すための割合は?』
手帳が回答を示し、割合が表記された。
これで、足立さんはリハビリをして再びジョッキーに戻れるはずだ。
ついでに答えてくれるかどうか分からないが件の八百長の真相も聞いてみるか。
『今年の桜花賞での惨状が起こった経緯は?』
一瞬、手帳が輝き、熱を持った。あっつい。
思わず反射的に手を離してしまい、手帳が地面に落ちる。
そのまま開いたページに文字が書き込まれ、一人手にページが捲れて続きの文字を書き込まれていく。まごうことなきホラー現象だ。
十数秒待ったが止まることなく文字が書き連なれていく。
え? もしかしてしばらくこのまま?
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