悩みは尽きない
「そういえばウィルさんたちは今年も馬を見に来られるんですか?」
「うん?」
事務処理をしていると大塚さんが不意に聞いてきた。
「京成杯も終わって来週から取引のお客様がいらっしゃるじゃないですか。その来客表にイギリスからの名前がないなと思いまして」
確かにサードが勝利した京成杯が終わって明後日には西島御大、少し間が開いて渡辺さん、三月頭に産まれる予定のレアシンジュの仔馬を見るために三月中旬に螺子山さんが来島する予定になっている。
本当ならそれらに合わせてウィルさんたちも来る予定だったんだが。
「残念ながら彼らは今回の購入見送りだってさ。どうも人手が全然足りない程度には忙しいらしいよ」
時間をかけて馬を品定めできるような暇が全然取れないと、オリビアからのメッセージで聞いた。正直、あちらのウィル厩舎の戦績を調べたがそりゃそうだろうなとしか思わんかったがね。
「そうですか…。久しぶりにオリビアさんとお話したかったんですが」
「オーソニスタとロドピスがデカいレースに出走するときにはアッチに呼んでくれるさ。その時についてくればいいよ」
オーソニスタはウェスコッティの38の登録名だ。ロドピスはなんとそのままの名前で登録となった。なにやらロドピスって名前が気に入っているらしく他の名前で呼ぶといじけるんだとか。
オーソニスタは無事に初出走で勝利して陛下に勝利を捧げたとのこと。よかったよかった。
ロドピスは障害馬なのでまだ未出走だ。障害馬は三歳以降のデビューが普通だからな。身体が出来上がっていないのに人が乗って跳ねるのは危ない。
「だとしたら、今年は結構な馬がクラブに?」
「市古さんと相談しないといけないかもね」
御三方が一頭ずつ購入してくれて、購入内定の内藤さんの分を引いても39世代は四頭残るし、なにより螺子山さんはレアシンジュの初仔を見に来るついでだから買わない可能性も高い。先年のノン、今はノンバイプレイヤーって登録名だが、彼もかなりの成績を残しているからな。確か四戦二勝だったはず。
渡辺さんはフィンキーことドゥスタリオンが、1200から1400での敵なしなので弟であるカンノンダッシュの39を見たいと言っていたかな。
二歳馬戦線を見てみると確かにうちの牧場が強すぎて大手が組んで潰しに来るのも分からんでもないなこれは。
「去年の応募口数を見るにクラブの口数売れ残りは心配しなくてもいいとは思うけど、純粋にアッチが忙しくなりすぎるのがね」
市古さんはクラブ馬が勝ちすぎて死ぬほど忙しいからね。毎日毎日四時間前後の残業が積み重なっているらしいし、あちらの事務員も増強しないといけないのだが取り扱いするお金の量が莫大だから信用できる人員の選定が追いついていないのが現状だ。
今は市古さんの奥さんが臨時でフォローに入ってくれているとのことだが、それも無理をしてもらってのことだからなぁ…。
「あちらのクラブ経営に関しては私が事務員を選定してますので三月にはお知らせできるかと」
「よろしくね。じゃないと今の状況でクラブの第二世代が来たら確実にパンクすると思うから」
分かりました、そういって足元に寄ってきていたダーレーを抱いてパソコンに向き直る。
他の二頭はまだ昼寝中のようだ。
ーーーーーーーーーーーーー
「レジェン、元気か」
放牧柵の内側でのんびりレアシンジュと草を食んでいるレジェンに話しかける。声をかけると二頭ともこちらに近寄ってきた。
「ほれ、人参」
俺が差し出した人参にレアシンジュが勢いよく齧りつき、レジェンは興味が無さそうにプイっとそっぽを向く。
「残念だがレモンがけレタスは持ってないぞ」
そう言って半切りにしたレモンをレジェンに差し出す。しょうがねーなと言った面持ちでレモンを噛むレジェン。
「もうすぐレアの仔馬は産まれるな。なんか異常があったらすぐに呼ぶんだぞ」
新たな命が宿ったレアシンジュのお腹を眺めつつ、来年の今頃にはレジェンもこうなるのかと思いを馳せる。
三月の中旬にアメリカにレジェンを連れて渡り、そこから種付けをして一か月ほどの着床確認の滞在となるからな。うちの代表として行ってくる山田君には頑張ってもらわないといけない。
英語が話せるのが前提なので俺か山田君か大塚さんが代表候補だったんだが、山田君が率先して行きたいと言ってくれたから俺としては助かった。
何か問題があったらレジェンを置いて戻ってこないと行けないからな。柴田さんが厩務員として同行してくれるとはいえども緊急時に任せきりになるのは不安だったんだ。
手を広げすぎたせいで身動きがとりにくくなっているのはよろしくないな。そのうちクラブとホースパークは桜花牧場と切り離して資金を回さないといけない。
それは市古さんとホースパークの代表の適性を見てからになるが、再来年にはその方向に持っていけるかなー? 悩み事は多いな。
西島さん、いい素質を持ったスタッフ紹介してくれないかな…。
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