海老原のオッサンと今後の相談

「それで結局パッキーボーイを付けることにしたと」


「ビティヘイリッソンも悩みましたが買い取りましたけどね」


 俺は正月が明けてすぐ、来年のクラブ運営への対応に追われて忙しすぎる市古さんの代わりに、栗東の海老原のオッサンを訪問した。

 京成杯に出るオウカサードの状態を確認するためだ。今確認し終わったが流石と言うべきか、完璧に仕上がっていたな。羅田さんと海老原のオッサンに最初に繋ぎを得られたのがこの牧場成功の秘訣だったと言っても過言でもないかもしれん。


「初仔といっても走らないなんて言われてたのは昔のことだしな、初っ端から強い奴をつけるのはいい判断だと思うぜ」


「それはどうも。生涯に産める数なんて限られているんですからオーナーブリーダーとしては最初から勝負しないとね」


 腹づくりなんて言われて初仔は種牡馬をそこまでのものにしなかった時代もあるが、結局いい血統でも走る馬は走るし走らない馬は走らないんだから気にしないことにした。

 パッキーボーイも来年からはシンジゲートが組まれることが決定した。産駒がかなり好成績を残しているらしいから個人所有のオーナーが手に負えなくなってきたそうだ。

 アメリカでの囲い込みになるので今年を逃すともう機会はやってこないと判断して種付けを契約した。契約内容は牝馬出生無料だ。これは牝馬が生まれると種付け料が無料って契約だな。

 相手方のオーナーはアメリカでは聖人と言われている。競走馬に対して愛情を持っておられる方で、来年からは無理だと謝られたうえでこの契約を持ち出されたので驚いたよ。どうやら、結果が出てきたらシンジゲートを組んだことに負い目を感じているらしい。律儀。

 ここまで真面目な人間に出会うとは思わなかったのでその契約を受け入れた。牡馬が生まれたら五億支払うように契約を変更したがな!


「それでだ。京成杯が終わった後のローテについての相談なんだが」


「市古さんにおまかせしますって頼まれてきてるんで、俺が裁量権を持ってますよ」


「そいつはよかった。羅田と俺のところに預けてる四頭、クラシック狙うよな?」


 クラシック狙い、つまり日本競馬でも指折りの栄誉に挑むこと。無論である。


「ショートは狙います。セカンドも牝馬三冠はやれそうなので狙います、オークスが少し不安ですがね。ファーストとサードは悩み中です、ファーストはマイル三冠の方が向いているかも知れませんしサードは2000メートルだと短い気があります」


「確かにな。ともかく二月頭までには決めてくれ。調整に時間がかかるタイプではないとはいえギリギリだと間に合わん可能性もある」


「サードは京成杯勝ってからの話ですけどね」


 そりゃそうだ、と海老原のオッサンは笑った。勝つ前提で話してるからな俺ら。


「とにかく、俺と羅田が管理しているアイツらはこの世代じゃ最強クラスだ。前目前目で予定を詰めてスケジュールを立てておかないと、その場のノリで連闘なんかさせると最悪の場合があるからな。注意しとけよ?」


 レジェンだから耐えられたあのローテを押し付ける気はないって。

 それにその場のノリじゃなくて計画的に出走させたっての。


「あとは…。ライバルになるのはドゥスタリオンぐらいか。奴がクラシックに出てくると一気に旗色が悪くなる」


「桜花戦線ですってね」


「やめろ、一部の調教師が魘されてんだぞ。オーナーからは突かれて可哀想ったりゃねえっての」


「血統だけで勝てると思ってるオーナーでは俺らには勝てませんよ」


「それはそうだがお前さんのとこは異常だよ、普通はこんなに優秀な馬は出ないっての。

 そのうち産業スパイに入り込まれてもおかしくないぞ」


「お気遣いどうも、セキュリティは完璧なのでご安心を。

 それよりも今年の馬は預かっていただけそうですか? 羅田さん含めて」


「ああ、そのことなんだがな。手元には何頭残るんだ? 俺も羅田も付き合いがあるから枠は一つ分がいいとこだ。丸々残っても無理だぞ?」


「内藤さんの持ち馬に一頭なので暫定七頭残ってますが、西島さんが購入希望とのことなので残って四頭、もしかしたら全て引き取られるかもしれませんね。

 大塚さんはガッツリ値段付けるみたいですが、それでも今年のこの成績ですので売れるでしょう」


 今後の話をしていると、厩務員がオッサンを呼びに来た。なにやら予定があるらしいので挨拶をして退出をする。

 さて、鯖ソーメン食って帰るかぁ。



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