お正月

 短くも長かったレジェンドジョッキーレースも終わり、正月を無事に迎えた桜花島。

 島に人が住み始めて結構な年数が経つので商店街などで大きな門松の飾り付けをやったり、公民館の敷地で餅つきをしたりなどして正月の楽しみをする余裕ができてきている。

 そんな中、俺は牧場で当直のスタッフと一緒に働いているのである。生き物相手だから仕方ないね。


「社長、厩舎の清掃終わりました」


「ありがとう妻橋さん。皆はこの後、遅番と交代するまで暇でしょ? お餅焼いたから持っていてって」


「おやおや、ありがとうございます。みんな喜びますよ」


 商店街の餅つきに参加した音花ちゃんとほむらちゃんが多めのお餅をわざわざ持ってきてくれたのだ。

 ただ持って帰るのはアレだし、どうせならと正月に働いてくれているスタッフ用に焼きもちと雑煮を用意した。大塚さんが福袋を買いに行くので置いて行かれた始祖三頭と一緒にな。

 きゅんきゅん言って足元を歩き回るので大変だったよ、もう。

 集まってきたスタッフが俺に礼を言って、厩務員用のプレハブ小屋の休憩室に戻っていく。妻橋さんは調理していた事務所で俺と食べるつもりなのか居残ったが。 

 二人で雑煮を食べながら今年の展望について話題がシフトした。


「今年の種付けの目玉といえばレジェンですが、何を付けるか既にお考えで?」


「うーん、候補は絞ってるんですけどね。」


 うにょーんと餅を引き伸ばしながら会話していると妻橋さんが種付けについて尋ねてきた。ちなみに山田君はレジェンに関しては俺を社長ではなく個人オーナーとして認識しているようで、彼女の種付けに一切口を出さない。謎の線引きだ。


「候補をお聞きしても?」


「もちろん。Sn系のブラッドボーン、オーストラリアの牡馬ですね。スピードのテン(最高速度)が良くて距離もミドルディスタンスまで行けるので、まぁ冒険しないならこの馬かと」


「ほうほう、ということは他の候補はかなり挑戦的な配合で?」


 そうなんだよなぁー。初産だから冒険するのもなー。


「他には二頭候補がいましてね、フランスのSg系ビティヘイリッソンとアメリカのNm系パッキーボーイなんですが…」


「パッキーボーイは聞いたことありますね。ダートで大暴れしたと噂の」


「そうですね。中部アメリカ三冠を獲って芝向きなのかと思ったらダートだとそれ以上に大暴れしたのに古馬ではペガサスワールドカップターフを奪い去った化け物ホースです。格式が高いレースにはそんなに出ていないので生涯取得賞金は高くないんですがレジェンとの配合は面白いことになりそうだなと。

 逆にビティヘイリッソンは芝のクラシックディスタンスに特化の血統になっているので混ぜた場合は凱旋門が狙えるかと。さらに言うならば理由としては値段が安いってところですかね。彼だけは付けると決まったら種付け権ではなく購入をして日本に輸入します」


「それはそれは…。交渉はまとまるので?」


「先方からは是非にと言われてますよ。年も十一歳ですし、産駒も好成績を残しているのはいないものですから少しでも現金を手元にってことなんでしょうがね」


 なるほど、そういって妻橋さんは食事を食べ終えて手を合わせる。


「ごちそうさまでした」


「お粗末です。食器はそのままでいいですよ、俺が片づけますので」


「すみません、ありがとうございます」


 事務作業が終わって暇だからね。正月に頑張ってくれているんだから俺も働くさ。

 そのまま妻橋さんは交代までに雑務を終わらせるために仕事に戻り、俺は流しで食器を洗っていると。


「すっずかさーん! おっとどけものでーす!」


「でたわね」


 牧島が包みを抱えて事務所に入ってきた。新年早々騒がしいな。


「それは?」


「マスターから御節の差し入れですよ、絶対仕事にかまけて適当に済ませているからって」


 確かに今日はカップラーメンとパックご飯しか食べていない。まともな食事は先程の餅と雑煮ぐらいだ。

 

「晩御飯はこれを食べて倒れないようにしてくださいですって」


「ありがたいねぇ。それじゃ遠慮なく夜食にするよ」


 今日は夜番の人数が少ないから俺も夜勤だ、本当にありがたい。


「じゃ、スターホースに戻りますね! 時間があったらお出かけしましょ!」


 元気いっぱいに事務所から帰っていく牧島を見送り、足元でちょろちょろする犬たち三頭を撫でて事務所のソファに座る。

 スマホのバイブレーションが揺れた。大塚さんだ。


「お母さんたちがもうすぐ帰ってくるってよ」


 そういうと俺の上に飛び乗りテンションが上がる犬たち。もう大きくなって重いんだがなぁ…。



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