ビッグゲスト

 有馬記念後に行われたレジェンの引退式はつつがなく終わった。

 競馬場にいたお客さんがほとんど残ってレジェンの最後の雄姿を見てくれたのは本当にうれしかったね。帰りの電車は混みすぎて地獄の様相だったらしいけど。

 そして次の日。山田君は中央のお偉いさんと最終打ち合わせで今日の帰還になっている。俺は桜花牧場側の調整のためにレジェンの引退式の後にとんぼ返りしたのだ。三時間もあれば中山から福岡空港まで帰ってこれるって文明の利器を感じるね。

 俺が牧場に出社すると大塚さんが用箋ばさみ片手にダンボールを開封しながら何かをチェックしていた。おそらくレジェンドジョッキーレースで使用される用品だろう。


「おはようございます社長。発注した品物が届いてます」


 ビンゴみたいだ。


「手伝うよ。どこまで終わった?」


「昨日の終業間際に来たので全然ですね。今は飲料の確認をしています」


「オッケー、俺は軽食用のお菓子を確認していこうかな」


「この量ですので事務の子たちも通常業務の目途が付いたら応援に来るようお願いしています」


 本当に人を増やしてよかったわ。この山盛りのダンボールを二人で捌ききれるとは思えん。


「飲料、お菓子、タオル、ボディシートに着替え等のアメニティ…。アメニティは皆さんが宿泊されるキャンプ場のロッジにあるのでは?」


「流石にこの人数分はないって言われた。倉庫の容量に限界があって都度発注するからって」


「ああ…。キャンプ場の倉庫が大きいと景観が崩れますし難しいですね」


「ホースランドパークの倉庫は季節ものやら補修の備品で一杯だからなぁ。新しく建てるとなると結構距離が出ちゃうんだよね」


 自然を見せたいキャンプ場において難しい問題だ。


「終了後のパーティ用食材の鶏肉は当日の朝に絞めて輸送していただけるそうです」


「バーベキュー楽しみだねぇ」


「おいしいですよねあの鶏肉。社長が関わっているあのお水を飲ませた結果なんですよね?


「うん、他の動物にも効き目があるみたいだし。そろそろ人体でも試してみようかなって」


「……捕まるようなことだけはやめてくださいね?」


 うん、俺も言ってて思った。





ーーーーーーーーーーーー



 

「お疲れ様」


「鈴鹿さん!」


 牧場のシミュレータールームに入ると、機械から降りて水分補給と汗を拭いている音花ちゃんとほむらちゃんが俺に駆け寄ってくる。

 どうやら一日中シミュレーターをやってたみたいだ。もう十八時なんだけどなぁ。冬休みだから時間を強烈に使ってるよね君たち。


「これ、今度のレジェンドジョッキーレースの説明資料ね」


 大塚さんがまとめてくれたので四枚に収まって非常に見やすい。

 左上をステープルで止められているそれを捲り、二人は内容を確認していく。


「予選はレース場と距離がランダムなんですね」


 ほむらちゃんが左手を顎に当てながら真剣な表情で俺に尋ねてくる。


「うん、決勝は十八人式の有馬だけど配信で見る人たちは色々みたいだろうからね。日本国内の各レース場の現行既存距離を走ってもらうことにしたんだ」


 地方レース場が出れば中央でほとんど走ったことのない地方騎手が有利になるし、逆もまた然りだから不公平感は消えるからな。


「レース開催の前日にくじ引きって書いてますけど、これも配信するんですか?」


「そうだよ。特別ゲストが来るし」


「ゲストですか?」


 頭の上にクエスチョンマークを掲げる二人。まだ俺と山田君と大塚さんしか知らないからね。


「演歌歌手の西島さん。知らないかな? 時代劇とか出てるんだけど」


 なんならG1馬の馬主だ。


「……」


「……」


 だんまりは怖いんだが。


「「ええーッ!?」」


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る