思い出特急暴走鈴鹿
検査の結果、オウカサードは挫跖≪ざせき≫。いわゆる人間で言うところの捻挫に近い。
こちらから電話もしたし、幸い競馬場のスタッフとジョッキーもすぐに気づいたため、患部を冷やしたうえで消炎剤で対処したので大事には至らなかった。市古さんと話し合ってトレセンでの経過観察の後に一度牧場に戻すかどうかを決めることに。
酷くはないから自然治癒に任せての回復のほうがいいだろうし、ローテがちょっとかわるぐらいになるだろう。
オウカサードのことでバタバタしたが、オウカファーストとオウカセカンドは無事に勝ち上がった。オウカファーストは先行抜け出しで競馬で一番強い勝ち方をしての勝利、オウカセカンドも中団に控えてからの見事な差し切り勝ちを見せてくれた。
しかも四頭中三頭が勝ち上がったため、一気にクラブとしての注目も集まった。前まで牧場のお財布を握っていた大塚さんもニッコリである。事務のトップになったおかげでお金の話には遠くなったみたいだが別の胃痛案件も多いとのことだが頑張ってほしい。
この件でまた馬の購買電話の嵐だからね! クラブの事務も口数空いてないかの電話がヤバいらしいからね!
事務所でゆっくりしていると恨まれそうなので、厩務員休憩室で企画書を書いていると柴田さんが休憩室に戻ってきた。
「お、社長逃げてきたんですか」
「正解」
ピンポーンと身体で大きな丸を描いて答える。
「昨日は大変だったみたいですね」
冷蔵庫の中から愛妻弁当を取り出し、俺の前の長机のパイプ椅子に腰掛ける。
「レースの直後に跛行だからね。気が気じゃなかったよ」
「大事じゃないようで何よりですよ」
「いや全くだ」
ガハハと二人で笑いながら会話をする。
「そういや、前に話していた梨花を牧場に連れて来る件。今度の休みでもいいですかね」
「いいけど。もうちょっと日が和らぐ季節にした方がいいんじゃない? まだ八月になったばかりだからクソ暑いよ」
「それもそうなんですがね。夏休みだからどっかに連れて行けってうるさくって」
確か柴田さんの嫁さんも働いているから梨花ちゃんも独りぼっちなのか。
うむ、どうにかするかね。
「柴田さん、休み取ってホースパーク行ってきたら?」
「どうしたんです急に?」
「いや、家族は大事だよって話さ。俺らみたいな独り者は休みなんざどうでもいいけど、妻帯者は家族の絆を大切にしないとな」
そうだ、せっかくなら梨花ちゃんの通う小学校に連絡してホースパークの休園日に学年丸ごと招待してみるか。
「よし、決めたよ。柴田さん待っていておくれ! 梨花ちゃんのひと夏の思い出を俺が作って見せる!」
スマートフォンを手に取り休憩室を飛び出す俺。
「ちょっと!? 社長!? また大塚さんがキレますって!」
ーーーーーーーーーーーーー
「社長」
「はい」
「私は今、怒っています」
「はい」
「何故かわかりますか?」
「ホースパークのマネージャーに無理を言って休園日に開園して小学生を招待しようとしたからです」
「はい、そこまで理解できて無理だと思わないんですか」
「ワンチャンあるかなって」
「休園日は園内の整備に充てる日なんですよ? 営業を休みたくて休んでいるわけではないんです。無理を言わないでください」
「でも、企画して話を会議にあげると子供たちの夏休みが終わってしまうから」
「でしたら何か月も前から準備をしておいてください。現場を経営者の我が儘に巻き込まない!」
「はい、申し訳」
「結構です。マネージャーも頑張って開園できるように調節してくれましたから絶対にお礼を言っておいてくださいね!」
「了解です」
ーーーーーーーーーーーーー
厩務員室で再び休憩していると尾根さんがやってきた。
「またやらかしたんですって?」
「今回は俺が悪いね、突っ走りすぎた」
「アンタが悪くなかったのはイギリスの件ぐらいでしょ」
ケラケラ笑い、冷たい缶コーヒーを長机に項垂れる俺の目の前に置く尾根さん。
「アタシの奢りよ。子供たちに思い出をって考えで突っ走ったんだから今回は味方になったげるわ」
「あんがと」
プルタブを起こし、カシュッと空気の抜ける音を聞く。久しぶりに缶コーヒーを飲むなぁ。
「うーん。微妙」
「そりゃマスターのとこで入れたて飲むのに比べればね」
「そりゃそうか」
一気にグイっと残りを飲み干して、缶をゴミ箱に投げ入れる。うむ、命中。
「お見事。へこんでないで仕事頑張んなさい」
「あいよー」
そう言って尾根さんは休憩室から退室した。
さて、もう少し仕事をするか。年末のレジェンドジョッキーレースまで時間はないぞ俺!
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